【第16回】手打ち麺にこだわり続けて115年を数える「岩正手打ちうどん店」

東海ウォーカー

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筒井商店街にある「岩正手打ちうどん店」。駐車場は西側2軒となりマンションの1階部分にある


尾張徳川家の菩提寺、徳興山建中寺がある名古屋市東区筒井町には、長い年月愛され続ける名店がいくつかある。「岩正手打ちうどん店」もその1つだ。

お手頃価格の美食で愛される店


【写真を見る】「味噌煮込み(親子)」(750円)。ほか、玉子入りが650円、肉玉子、もち玉子、天ぷら玉子がそれぞれ750円


「岩正手打ちうどん店」の名物は味噌煮込みうどん。2種類の味噌をブレンドし、シイタケ、カツオ、ムロアジからとった奥深い味のダシと組み合わせる。手打ちの麺はもちもちとした程よい食感で、打ち粉に使用しているそば粉が味噌に溶け、とろみを助長して麺に絡みつきやすい。味噌煮込みうどんとしては650円からと、有名店より安い価格設定である点も魅力だろう。名古屋駅からわざわざタクシーで同店を訪れ、食事だけして再び駅に戻っていく客も多いという。

「ざるうどん」(550円)。氷で冷やした「冷うどん」も同価格。なお、もっとも安い「うどん」は350円


また、味噌煮込みうどん以外の麺および丼メニューも幅広く、いずれもおいしくて価格は庶民的と評価されているのが、この店の魅力を表している。常連客のなかには片道40分ほど自転車に乗って、毎日のように通ってくれる84歳の老人もいるらしい。「たまにいらっしゃらない日があると、心配になっちゃう」と、店主の母である川野貞子さんが微笑む。

豊富にそろう丼メニューのひとつ「味噌カツ丼」(600円)。揚げたての豚ロース肉に味噌がたっぷりのる。50円引きで小盛りにできる。丼だけの注文も可能


店の近くには県内屈指の進学校として知られる名門高校があり、その学生が訪れることが多いばかりか、学生時代を懐かしんで足を運んでくれる卒業生も少なくない。「この店は昔と変わらずおいしいね」と声をかけてもらえ、置いていった名刺を見ると、医師や弁護士といった肩書が珍しくない。舌の肥えていそうな人々からも評価される店というわけだ。

手打ちにこだわり続けて115年


左から、4代目妻の真実さん、4代目の道彦さん、3代目の孝治さん、4代目母の貞子さん


現在の店主は4代目にあたる川野道彦さん。「岩正手打ちうどん店」は、その曽祖父にあたる鈴木仲次郎さんが1902(明治35)年に創業した。その息子である鈴木鉦一さんが2代目を継ぎ、この2代目が子や孫に手打ちうどんのノウハウを広く伝えたことが、同店の歴史をとりわけ長くした大きな要因になっている。やがて2代目に厳しく教え込まれた長男の鈴木孝治さんが3代目を継ぎ、長女の川野貞子さんも店を手伝った。また、ほかの兄弟も市内で味噌煮込みうどんの店を創業している。

店内の一角にはガラス張りの麺打ち室がある。毎朝6:30に仕込みを始め、オープン時間ギリギリまでかかるそう


3代目として半世紀以上ひたすら店を守ってきた孝治さんだが、3年ほど前に体調を崩し、店を休業することになってしまった。常連客からは「いつ再開できるの?」と問い合わせが多く寄せられたそうだが、休業期間は3か月に渡り、身体はどうにか復調したものの、麺の手打ちを以前と同じように続ける体力は戻らなかった。機械で製麺して店を続けることも考えたそうだが、それでは以前の味が再現できない。「おいしいからって来てくれるお客さんに申し訳ない」と、孝治さんは店の歴史を終えることも考えていたそうだ。

店で出しているうどん、そば、きしめんはすべて手打ち。以前はひやむぎも手打ちで出していたそうだが、細くて大変なため今はやっていない


そんな同店を助けたのが、貞子さんの息子である川野道彦さんだ。道彦さんは幼少期に「損はないから麺打ちを覚えておけ」と、祖父である2代目に技術を教わっていた。社会に出てからはほかの飲食店などで多様な経験を積んでおり、この店を手伝ったこともある。貞子さん曰く「道彦は子どものころから麺をこねるのが上手だった」という才覚の持ち主。かくして「岩正手打ちうどん店」は4代目を迎え、営業を続けられることになった。

喜んでくれる客のために、細く長くやっていこう


全36席でテーブル席と座敷席の2種類がある。店を建て直したのが何年前かは定かではなく「数十年は経ってるよ」と貞子さん


店の歴史を聞いているうち、孝治さんと貞子さんが懐かしく話してくれたエピソードで印象的だったのは、伊勢湾台風被災時の逸話だ。1959(昭和34)年に発生したこの災害では、当時周辺では珍しく2階建てだった同店に横風が直撃し、2階から1階へ水が流れ込むような状態だったそうだが、まわりの皆さんも大変だからと、停電のさなかに親子丼を振る舞ったという。店の魅力は“おいしくて安い”という庶民的な点だけではない。“人のために”といった、現代でいうホスピタリティに近いものが、この店には自然と根付いているのだろう。

3代目として長年店を支え続けた孝治さんは74歳、姉の貞子さんは76歳。貞子さんは20代早々に調理師免許を取得しており今も調理を担う。店内に飾られた写真には2代目も写っている


店主の道彦さんを中心に、妻の真実さん、母の貞子さん、そして主に接客担当として引き続き店を手伝う、叔父の孝治さんとで現在は店を切り盛りしている。休業を経て再び営業を始めた同店には、以前のように多くの常連客が、昔と変わらない味を求めて訪れてくれる。「しゃれた店ではないけど、安い値段でおいしいって喜んでもらえたらうれしい」と貞子さんは明るく話す。休業から復帰後、今はまだ昼のみの営業としている。

店頭ショーケースに飾られた昔ながらの料理サンプルが歴史を感じさせる


「毎日手打ちで昼も夜も営業すると、ほかのことが全然できないのよ」と貞子さんは話す。手打ちにこだわる同店は、夜も営業するのなら店のことだけで1日が終わってしまいかねない。それではあんまりだというのが貞子さんの考えだ。孝治さんと2人でそうして営業してきたわけだが、その前例に固執せず、息子にはやりたいようにやってほしいと考えている。しかし、客からは「夜もやってよ」と声はかかる。それを受け、4代目の道彦さんは「曜日を制限して夜も営業しようかなと考えていますよ」と、客のニーズにできるだけ答えようとする考えを話す。「岩正手打ちうどん店」が持つ魅力は、おいしさとリーズナブルな価格であり、そしてそれらを支えている“客のため”という純粋な思想なのだと感じる。この店は、まだまだ長い歴史を刻んでいくはずだ。【東海ウォーカー/加藤山往】

加藤山往

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