『いちばんすきな花』プロデューサー・村瀬健に聞く!苦しい時期に支えとなった脚本家・坂元裕二の言葉とは?
東京ウォーカー(全国版)
SNSでも注目を集めたドラマ『いちばんすきな花』をはじめ、『silent』『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(いずれもフジテレビ系)や映画『帝一の國』など数々のヒット作を生み出してきた村瀬健さん。ドラマ・映画プロデューサーとして第一線を走り続ける村瀬さんの初の書籍『巻き込む力がヒットを作る "想い"で動かす仕事術』が2023年12月4日に発売され、書籍もヒットを飛ばしている。同書の中で仕事への情熱を熱く語っている村瀬さんに、壁にぶつかったときに大切にしたい考え方について聞いた。
何でもいいから“好き”という感覚を持てるほうが幸せな生き方
――SNSなどで「夢中になれるものがない」「自分の中にある“好き”がわからない」という意見を目にすることがあります。こういった心境について、『いちばんすきな花』を手掛けた村瀬さんはどのように感じていますか?
【村瀬健】正直なことを言うと、僕には「“好き”がわからない」という感覚がわからないんです。というのは、僕には好きなものがたくさんあるから。しかもすぐに何でも好きになってしまうタイプなんです。でも、わからないからといって切り捨てるつもりは一切ない。そういうふうに感じている誰かの気持ちを考えながら、そういう気持ちに寄り添うようなドラマを作っていきたいな、といつも思っています。
【村瀬健】想像になってしまいますが、「“好き”がわからない」という気持ちで日々を過ごすのは、きっと寂しいと思います。好きな人でも好きなことでも、それこそ好きな花でも、なんでもいいから“好き”という感覚を持てるほうが幸せな生き方なんだろうなという気がします。
向いていない仕事からは逃げていい。次に行った場所で花が開けばいい
――好きなことを仕事にするというフレーズもよく耳にしますが、自分の中にある“好き”を見つけるにはどうしたらいいのでしょう?
【村瀬健】どうやって見つけるのか、その正解は本当にわからないです。よくある言い方になってしまいますが、好きなものがないという人は「好きなものにまだ出会っていない」ということなんじゃないでしょうか。だとしたら、いろいろなものを経験してみるとかチャレンジしてみるとか、そういうふうに試行錯誤を続けていたら好きなものに出会える確率は高まりますよね。あるいは、好きじゃないものを消去法で消していったら、残ったものが自分の好きなもの、と言えるかもしれない。
【村瀬健】僕自身は、やったことないものは何でもやってみたい、というタイプ。やってみたら思っていたよりも楽しくて好きになれるかもしれないし、向いてないなと思ったらあっさりやめてすぐに次に行けばいいし。「いちばんすきな花」の中でも描いてきたつもりなのですが、嫌なら逃げていいと思うんです。それは恋愛でも就職でも何であっても。ドラマの制作現場に入ってきた新人がすぐに辞めても、それならそれで僕はかまわない。その子にはドラマの制作現場は向いてなかったというだけで、次に行った場所で花が開けばいいと思っています。とにかく、いろいろなものをたくさん試して、好きなものを見つけてほしいなと思います。
苦しい時期に、脚本家・坂元裕二さんの存在が心の支えに
――村瀬さんご自身は「仕事を辞めたい」と思ったことはありますか?
【村瀬健】僕は長年、ドラマや映画の制作現場で仕事をしています。この仕事が楽しいし、幸せだと感じられているし、向き不向きで言ったらドラマ作りは自分に思いっきり向いている仕事だと感じています。きっと僕は「好きなことを仕事にする」ことができたのだと思います。そんな僕でも、一度だけ心が折れそうになった時期があります。
【村瀬健】それは何年も前にあるドラマを作っていた時期のことです。そのドラマ自体は大ヒットを収め、今でも多くの方からおもしろかったと言ってもらえる作品になったのですが、制作現場ではいろいろと難しい部分を抱えていて、僕個人の心持ちとしてはかなりのダメージを受けていました。そのときの僕の悩みの原因を一言で言うなら、スタッフとの人間関係です。当時の僕がまだプロデューサーとして未熟だったことにも原因があったと思っています。でも、僕の中ではそんなふうに一言で言い表わせるような簡単な話でもなくて…きつかったですね。その当時は、スタッフの拠点となるスタッフルームにすらいられないような空気感で、僕は荷物をスタッフルームに置くと、そのあとはスタジオの隣にあるファストフード店に逃げ込んでいました。「不登校の子が学校に行かずにどこかで時間を潰すのって、こんな気分なのかな」と思ったりもしました。
【村瀬健】このドラマを作っていた時期は本当に辛かったです。仕事を辞めようとまでは思いませんでしたが「僕はもうこの会社ではプロデューサーの仕事はできないかもしれない」と思い詰めていました。
――そういう苦しい時期を乗り越えたきっかけは何だったのでしょう?
【村瀬健】脚本家の坂元裕二さんの存在です。今回の書籍の中では対談という形で、僕が苦しかったころのエピソードについても坂元さんが語ってくださっています。このドラマの制作現場で僕の心はズタズタになったんですが、そのドラマが終わってすぐくらいの時期にネットドラマの仕事があって、坂元さんにオファーしました。その当時の関係性は、僕が坂元さんとご一緒したドラマは一作だけ。まわりの人たちからは「坂元さんがネットドラマを引き受けてくれるわけない」と言われましたが、それでも声をかけてみることにしました。坂元さんの作品はもちろん、坂元さんという人を尊敬していたし大好きだったから、僕は行動に移せたんだと思います。落ち込んでいたこの時期の僕はどうしても坂元さんと一緒にやりたかった。そして、僕からのオファーを坂元さんは「村瀬さんの仕事なら断わらないですよ。僕だったら村瀬さんのよさをちゃんと形にできると思うから」と言いながら引き受けてくださったんです。
【村瀬健】うまくいかない仕事があって心が折れそうになったけど、少なくとも坂元裕二という脚本家は僕のことを認めてくれている。そう思えるだけで、僕は前を向くことができました。これは僕の想像でしかないんですが、かつて一緒に仕事をしたときに僕が坂元さんという人を好きになったように、きっと坂元さんも僕のことをどこかしらほんの少しでも気に入ってくださったんだと思っています。先ほど「坂元さんが僕のことを認めてくれている」と言いましたが、それは僕がすごい実力の持ち主だからだとかそういうことではなくて、僕の中にある何かを好きになってもらえた、という意味です。
【村瀬健】このインタビューの冒頭で「好きという感覚を持てるほうが幸せな生き方」というお話もさせていただきましたが、自分が誰かを好きでいること、誰かに好きになってもらえることは、生きていく上で、あるいは仕事をしていく上で、もっとも大切なことだと僕は思っています。
この記事のひときわ
#やくにたつ
・好きなものがないという人は「好きなものにまだ出会っていない」ということ
・向いていない仕事からは逃げていい
・自分が誰かを好きでいること、誰かに好きになってもらえることが、もっとも大切なこと
取材・文=山岸南美/撮影=後藤利江
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