伊達公子&野村忠宏、NBAチームドクターが語る「けがとの付き合い方」アスリートの選手寿命はどう伸ばす?
東京ウォーカー(全国版)
Sports Doctors Networkが今年6月に東京大学安田講堂で開催した、世界的なスポーツチームのヘッドドクターや医療・スポーツ・食の専門家を集めたカンファレンス「Sports Doctors Network Conference 2025 in TOKYO -最先端スポーツ医療を、すべての人へ-」。「キャリアを長く保つために、選手とチームドクターが果たすべき役割とは」と題した講演では、テニスの伊達公子さんと柔道金メダリストの野村忠宏さん、そしてNBAチームドクターで整形外科医のクリストファー・ジョーンズさんが、選手寿命を左右するけがとの向き合い方についてそれぞれの知見や体験を語った。

けがと付き合う宿命のアスリート。「復帰へのビジョン」と「キャリアのゴール」の重要性
医師として、NBAのロサンゼルス・レイカーズのチームドクターや大学スポーツの整形外科医まで幅広くスポーツ医療に携わるジョーンズさん。多くのアスリートと関わった経験から、ひとつのスポーツで若い時から活躍することは技術の獲得や競争相手を上回れるといったメリットがある反面、それが後々体やキャリアに影響することがある、と話す。
「大谷翔平選手もトミー・ジョン手術を二度受けたように、同じ負荷を体に毎日かけていると、やはり一定の範囲でしか対処できないので、何カ月も何年もかけていると壊れていくんです。ですから、私たちは若いアスリートに『若さに頼りすぎかもしれない。“すぐにマウンドに立って投げる”ことは、若いから簡単かもしれない。けれど、上達するだけではなく、回復と休養の重要性や、自分の体の動きが最適かどうか、一部分に負荷がかかりすぎてけがにつながらないかということを考えなくてはいけない』とメッセージを送っています」
そのうえで「若いアスリートは参加できないことを嫌がるので、(けがをしても)早く医師にかからず状況が悪化してしまう場合があります。そしてアメリカでは、スポーツに対して巨額が絡むことから、金銭面からもプレッシャーがかかっています。そうしたプレッシャーから、若いアスリートが燃え尽きてしまうことがあります」という、アスリートが抱えがちなメンタルの問題を指摘する。
その一方、伊達さんのように40歳を越えても第一線でキャリアを積み上げたアスリートもいることから、モデレーターを務めるMPower Partners Fund L.Pゼネラルパートナー・村上由美子さんは、長いキャリアを保つアスリートにはどんな特徴があるかを尋ねた。
「おそらく内在的な要素があると思います。たとえば忍耐力、スポーツをどうやって学ぶか、人生の中で学ぶことなども関係していると思います。2つ目は何らかのリソースをうまく活用しているのだと思います。アメリカではアスリートが人生の厳しい時や問題に直面している時、スポーツ心理学の専門家に参加してもらいます。身体的な部分とメンタルの部分、両方に対応するためには連携が必要だと思います」
このジョーンズさんの話に、年間20大会から30大会、多ければ年間で10カ月ほどはツアーを転戦するというプロテニスプレーヤーとして長年活躍した伊達さんは自身の経験を語る。
「選手はとにかく『戦い続けたい』という思いがすべてなので、やっぱり多少のけがはごまかしながら戦ってきました。それが関節のけがでも、肉離れと同じように『大丈夫、とにかく1試合やればいい』みたいなことを自分に言い聞かせてしまう。医師やPT(理学療法士)の方たちという、けがに対して一緒に向き合うチームや、どういったプロセスを踏んで復帰するかしっかりビジョンを見せて説明してくれる人たちを持たない限りは、どうしても戦うという気持ちになりがちです。私もそうでしたし、それはすごく難しいところだったので、連携するチームが非常に大事だなっていうのはすごく感じましたね」
「今がゴールじゃない」若いアスリートへ送る言葉
ここでスペシャルゲストとして、アトランタ・シドニー・アテネの3大会でオリンピック金メダリストとなった柔道の野村忠宏さんが登場。キャリアとけがについて、「長く現役をできたのも、やっぱり大きなけがをしなかったっていうのが一番です。といっても、予防で防げるけがもあれば、突発的にどうしても防げないけがもあるので、ある種、運という部分も必要なのかなと思っています」と振り返る。

とはいえ、33歳の時には右ひざの前十字靭帯断裂という大けがに見舞われた野村さん。オリンピック4連覇がかかる北京オリンピックの前年で、手術をせず靭帯が切れたまま代表選考会に挑んだという経緯がある。
「これが、たとえば10代や20代前半なら、限りある現役選手としてのチャレンジの中で最終ゴールはどこかしっかりビジョンを持って考えれば、やっぱり手術してしっかり治す(という判断をする)。中途半端なところでまたチャレンジしたら、絶対バランスが崩れてまた違うところも傷めるので。私の場合は、4連覇が34歳の時のチャレンジで、キャリアとしても最後だったので、『もうラストチャンスにかける』、それだけだったです。おじさんの選択でした」と、当時の判断について語った。
ジョーンズさんは、ドクターとして同じような状況に直面した際どうするかを訊ねられ「オリンピックのアスリートは参加できる時間が短いです。そうすると、リスクとベネフィットを計って考えなくてはいけません。それに医師としてはしっかりとコミュニケーションをしたいと思います。若いアスリートの方にどういった具体的なリスクがあるのか、さらに膝を損傷するかもしれない、体のひねりでほかの体のところに力がかかる、代償機構によって前十字靭帯を損傷した反対側に力がかかるといったところを説明して、しっかりと共通の理解を得るべきです。この意思決定のプロセスの中に監督やコーチ、また若いアスリートの場合は両親も一緒に入って、信頼できる方と意思決定をするべきだと思います。同じ理解を得ることによって最適な意思決定をするべきです」と、自分だけでなく周囲とコンセンサスを得て故障に対してアプローチすること、コミュニケーションの重要性を挙げた。
講演の終盤、若いアスリートとそれを支える人たちに向けて、伊達さん、ジョーンズさん、野村さんからメッセージが送られた。
現在は若い選手の育成に携わる伊達さんは「下は小学校6年生、中学生ぐらいを見てるんですけれど、やっぱり彼女たちを見ていても、なにか痛みを感じたときに、専門の人に見てもらおう、治療に行こうというプロセスを踏むことをなかなかしないんですよね。なので、『痛い』という選手の声を、周りにいる指導者、コーチだったり親だったりが見極める力がすごく必要なんだなと考えています。『痛い』という表現が何から来ているのか、本当に痛いのか、不安からか、負けたくない相手だから前もって自分を守るために言っているのか、言葉の裏側にあるものを探り出すことも必要なんじゃないかなと感じます」と、周囲の観察の重要性とともに、「ジュニアたち自身にも、ケアをすることは休むことじゃなくて強くなるためのプロセスなんだ、と理解していくことを教えていかなきゃいけないなと感じています」と、若い選手にケアの本質を伝えることの大切さを語った。
ジョーンズさんは「スキルセットを練習することはとても重要です。しかしフォーカスしなくてはいけないのは体をどうやって動かすか学ぶこと、また非常に効率的な動きのパターンを学ぶことです。それによって損傷、けがのリスクを下げるのです。これはひとつのスポーツの練習をただ何時間やっても学ぶことはできません。体をしっかりと調べること、たとえばウェイトルームに行ってコンデンショニングのスペシャリストと一緒に考えていかなくてはいけません。スペシャリストの方が、例えば代償のパターンや動きのパターンなど、体に悪いものについて見てくださいます。そして、何が損傷やけがにつながりやすいかについて教えてくれます。そしてもうひとつ、回復と休養がとても重要です。若いということに頼らないでください」
最後に野村さんは「私はオリンピック3連覇っていうタイトルを取ることができたんですけども、中学生の時に女の子に負けていました。高校は柔道部の監督していた父から『(弱すぎるから)もうお前、柔道やめていいぞ』って言われるぐらいのアスリートだったんです」と、10代当時の実像を語る。
「だから若いアスリートには『今がゴールじゃない』ということを覚えていてほしい。そして、日頃のトレーニングの中で常に自問自答してほしい。自分の強いところ、自分の弱いところ、自分の足りないところ、今伸びているところ。やっぱり自分を知るってことがすごく大事でそれができたら明確な課題っていうのも見えてきます。周りの方に関しては、プレーするのは選手なんだから、応援したい気持ちと情熱は持つけども期待しすぎないことが大事だなと思っています」
※記事内に価格表示がある場合、特に注記等がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
この記事の画像一覧(全2枚)
キーワード
テーマWalker
テーマ別特集をチェック
季節特集
季節を感じる人気のスポットやイベントを紹介
全国約1100カ所の紅葉スポットを見頃情報つきでご紹介!9月下旬からは紅葉名所の色付き情報を毎日更新でお届け。人気ランキングも要チェック!
おでかけ特集
今注目のスポットや話題のアクティビティ情報をお届け
キャンプ場、グランピングからBBQ、アスレチックまで!非日常体験を存分に堪能できるアウトドアスポットを紹介