コーヒーで旅する日本/四国編|数多のカルチャーギャップを乗り越え、本場のエスプレッソの醍醐味を香川に。「カフェ・モトーレ」
東京ウォーカー(全国版)
一躍、店の存在を広めた競技会での快挙
満を持して2006年、「バール・モトーレ」をオープンした岡部さん。とはいえ、界隈では初となる本格的なバール。当初はカルチャーギャップに悩むことが多かったという。「店を始めてみると、エスプレッソの注文はないし、飲み方がわからないというお客さんがほとんど。注文があっても、ドリップコーヒーと同じように、本を読みながらのんびり飲む方もいました。当時は、“量が少なくて苦い”というイメージが先に広まっていたこともあり、伝え方には苦心しました」と岡部さん。そこから、テーブルに飲み方を解説したシートをテーブルに置き、地道に伝えていった。
一方で、イタリアンというイメージから、開店当初からパスタのリクエストが多かったとも。「最初は軽食だけでしたが、パスタはないですかとすごく聞かれて(笑)。調理技術はあるので、ランチにパスタを出し始めたことで、ランチメニューが中心になって。自家製のピザも好評で、食事目的のお客さんが増えていきました」。ただ、何より岡部さんのイメージと違っていたのは、バリスタとお客の距離感だ。「ほとんどが喫茶店感覚で会話を目的にしていないから、こちらから話しても取り合ってもらえないことが多かったですね。エスプレッソを飲んでほしいとの思いが強すぎたところもあり、デルソーレの雰囲気そのままでは合わないというのを感じて、そのギャップを埋めるのが難しかった。たとえば、立ち飲みのカウンターなら安くなるといった、バールならではのスタイルを随時伝えるなどして、徐々にきっかけをつかんでいきました」と振り返る。
その潮目が変わったのは2015年、日本バリスタ協会が主催するバリスタグランプリへの出場。チャンスをもたらしたのは、師匠である横山さんからの誘いだった。「それまでに一度、JBCに出たものの振るわなかったので、悩んで考えましたが、ほかならぬ師匠の誘いなので出場を決めたんです。横山さんからバリスタグランプリのことを聞いたのが、申込締切の前日だったという事情もありますが(笑)」。半ば成り行きで参加した競技会だったが、なんと初出場にして初優勝。しかも、翌年の大会でもチャンピオンとなり、同大会を2連覇したバリスタは、岡部さんただ一人だ。
この快挙を機に、周りの見る目はガラリと変わり、地元のあらゆるメディアが取材に駆け付けたという。「お客さんから話しかけられることも増えて、飲み方やメニューのことを聞いてくださるようになりました。何より、同じことを説明しても説得力が全然違う。このときもランチが忙しく、自分が調理に付きっ切りで、エスプレッソが淹れられないという、本末転倒になっていました(笑)」。以来、県外から同業者が訪れることも多くなり、「地方でバリスタのつながりも少ないなか、大会で知り合いが広がったのは大きい」と、自身にとっても価値ある優勝となった。
また同時期に、IIACが正確なエスプレッソの基準を満たす、エスプレッソ・イタリアーノの店として四国で初の認定をされている。「条件は豆、マシン、グラインダー、IIAC資格を持つバリスタの4つを満たす店。やるならば本物を提供したいと思っていたので、本場に認めてもらえたことでより説得力が増します」と、クオリティに磨きをかけ、近年はエスプレッソの教室も開催し、普及に力を入れている。「ラテアートはけっこうありますが、エスプレッソそのものをテーマにした教室は意外に少ない。ネガティブ表現が先行しているから、そこをポジティブに変えていこうと、飲み方も砂糖をたっぷり入れて、チョコレートの甘さに近づけるイメージを伝えています」
一意専心の姿勢でエスプレッソの醍醐味を発信
2016年に高松市街にも姉妹店を出店するなど、活動の幅を広げていった岡部さん。折り悪くコロナ禍によって高松店は閉じたが、これまでの経験を踏まえて、心境の変化もあった。2022年に「カフェ・モトーレ」と名前を改め心機一転、それまでは夜も営業していたが、よりコーヒーを中心に据えるべく朝型の営業時間にシフトした。「デルソーレでの経験を地元で広めたいと思っていましたが、この辺りではバールの響きに馴染みがなく、字面だけだとBAR=バーになるので、アルコールのイメージも強くなり、何が味わえるのかがわかりにくい。本場のエスプレッソを飲んでほしいという、本来の意図に立ち帰り、カフェと改称することで間口を広げ、メニューが想像しやすくなったと思います」
改称後はモーニングメニューなど喫茶店スタイルも取り入れたが、バールのスタイルにはこだわらなくとも、エスプレッソが店の顔であることは揺るぎない。「バリスタを始めて、エスプレッソのおいしさに気づいて以来、コーヒーに流行はありますが、ここでは同じものを変わらず出すことに注力しています。これからも飲んで価値あるものを常に出していきたい」と岡部さん。開店からやがて20年、「大西さんからも、“もうベテランの仲間やぞ”と言われます(笑)」と、年を経て立場も変わり、今は若手バリスタに自らの経験を伝えたいとの思いも強く、近年は日本バリスタ協会のインストラクターとして競技会の運営にも携わる。一方で、自身も新たに、IIAC主催の競技会、エスプレッソ・イタリアーノ・チャンピオンに挑戦。2019年、2025年に3位を獲得しているが、再びチャンピオンとして世界大会への出場を目指している。
「この店が、みんなを元気づける場所にできたら」と名付けた、モトーレの名は、イタリア語でモーター、原動力の意味。今では近隣のお客に加えて、遠方からのツーリング客がエスプレッソで一息つくという光景も見られる。「県外から、うどん屋巡りの途中に寄られる方も多くて、地元のうどんを食べた後は、地元のカフェに寄ってもらえたら、旅も楽しくなるはず」と岡部さん。人気のうどん店が点在する界隈、食後はエスプレッソで締める、というコースが定着すれば、香川ならではのバールの楽しみ方になるかもしれない。
岡部さんレコメンドのコーヒーショップは「地域に出会う商店 ふじたしょうてん」
次回、紹介するのは、香川県丸亀市の「地域に出会う商店 ふじたしょうてん」。
「店主の藤田さんは、最初は僕の同級生と一緒に店に来てくれて。それ以来、一人でも時々来て、エスプレッソ教室にも参加してくれました。ほどなく自宅の裏庭で店を開くと聞いて、おもしろいことを始めたなと思いました。単なるコーヒー店ではなく、イベントでかき氷店をしたり、シェア書店を開いたりと活動の幅が広くて、今後、香川のコーヒーシーンを盛り上げる、楽しみな存在です」(岡部さん)
【カフェ・モトーレのコーヒーデータ】
●焙煎機/なし(ミラーニ)
●抽出/エスプレッソマシン(チンバリ)
●焙煎度合い/中深煎り
●テイクアウト/あり(400円~)
●豆の販売/ブレンド1種、100グラム1000円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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