コーヒーで旅する日本/関西編|始まりは山の頂上で飲んだコーヒー。予期せぬ感動から小さな街のオアシスができるまで。「THE HOOD COFFEE」
東京ウォーカー(全国版)
日常に寄り添って体になじむような味わいを
「イベントに出始めたころは、本業の仕事が終わってから、出店の準備をしていたので体力的にはきつかった」と振り返る中村さんだが、並行して、店作りの参考にするために、各地の気になるコーヒー店を見て回った。そのなかで、最も影響を受けたという一軒が、本連載でも紹介した、奈良県葛城市の
THE INY COFFEE
。「店内の独特の世界観とラテアートのクオリティが衝撃的で。カフェラテの見た目はもちろん、ミルクチョコのようなビターな甘味に感動して。これがきっかけで、自分でもエスプレッソの研究をし始めました」
一方、焙煎についても得難い出会いがあった。こちらも本連載に登場した、五條市の
KOTO COFFEE
のセンサリーセミナーに参加できたことが大きいという。「焙煎は、最初から意外にうまく焼けたので、これならもっとおいしくできるのではと、手応えを感じていました。この勉強会で、しっかり理論づけて学んだことで、クオリティは各段に上がったと感じます」と振り返る。このころには、同業者のつながりも広がって、カッピング会やイベントにも積極的に参加していった。さらに開店前の1年ほどは、地元の橿原市のバーで、週末だけの間借り営業も経験。開店に向けて準備を着々と進めていった。
山頂で飲んだコーヒーの感動に突き動かされて5年半。2024年夏に、念願の自店をオープンした中村さん。開店にあたり仕事を辞し、新たに焙煎機を導入して、心機一転のスタートを切った。現在、5種ほどの豆を提案しているが、「イメージするのは、日常に寄り添って、体になじむような味わい。華やかなテイストよりは、穏やかな風味の豆をチョイスしています。浅煎りすぎず、じわっと甘さを感じるのが理想ですね」。そのため、焙煎は前半の火力を抑えて豆の水分を抜く時間を長くとり、火力を上げる後半を短めに仕上げるメソッドを構築。「飲んだときの質感をアップして、酸味を落ち着かせるアプローチで、小型の焙煎機のよさを活かした方法を考えました」と、KOTO COFFEEで学んだノウハウを実践している。
日々、“小さなポジティブ”を与えられるように
週ごとに入れ替わりの多い豆のなかでも、ほぼ定番として位置付けているのがホンジュラス。軽快な酸味と柔らかい甘味の後に、緑茶にも似たグリーンなフレーバーがさわやかな一杯は、デイリーな店の看板銘柄として好評だ。また、中村さんの思い入れ深いメニューが、アイスジブラルタル。「お店の雰囲気を参考にしたなかの一軒、新宿のスワンプで出合ったときに感動して、自分の店でも提供させてほしいとお願いして、メニューに入れさせてもらいました」。ジブラルタルは、エスプレッソ・ダブルにミルクを少量あわせたアレンジドリンクだが、ここでは21グラムの豆を使う濃厚なリストレットでエスプレッソを抽出。まろやかな甘味とビターな香味がひんやりと溶け合う余韻が印象的だ。
コーヒー片手に過ごす空間は、小さな店ならではの気の置けない雰囲気が心地よく、温かみのあるレコードの響きがよく似合う。「アナログの音はやっぱり心に響きます。店内が最高の音響なので、自分でも音楽はここで聞いてます(笑)」と中村さん。その居心地のよさから、“ここがオアシス”と言うお客も少なくないとか。「ちょっと疲れたときにもリラックスできる場にしたくて、コーヒーの風味も音楽も、そのイメージに合わせています。日常のなかに、小さなポジティブを与えられるようにできれば」。ここで過ごすひと時は、いわば日常のヒーリングタイム。その意味では、中村さんの前職にも通じるところもありそうだ。
開店2年目ながら、界隈には希少なコーヒースタンドとして、仕事中のテイクアウトや、自分へのちょっとしたご褒美にと、訪れるお客は少しずつ増えつつある。「ご近所の人はまだ少ないので、今よりもそういった方が増えて、街の機能の一部になれたら」と中村さん。最近は、近隣のベーカリーのパンを週末限定のモーニングに提供したり、ラーメン店とのコラボメニューを作ったりと、界隈の店とのコラボを通して、街に定着しつつある。
「界隈は、この2年ほどで新しい店がぽつぽつと増えていますが、“ならまち”のようなエリアの名前がなくて。“ならのはて”という呼び名を近隣店舗で広めて、盛り上げようという話をしています」。店名の「HOOD」とは、neighborhoodを略したヒップホップのスラングから。“地元”を意味する言葉にふさわしい、「みんなが帰ってきたい場所」になるべく、この街にフィットする店を目指している。
中村さんレコメンドのコーヒーショップは「マーケットワカヤマ」
次回、紹介するのは和歌山県和歌山市の「マーケットワカヤマ」。
「店主の仁尾さんは、数々のイベントを手掛け、コーヒーシーンを盛り上げている、和歌山のキーマン。自分にとっても、最初に出店の声をかけてくれたことで、開店のきっかけをくれた恩人です。仁尾さん自身も5年前に店を構えて、コーヒーショップの上下の階に、間借り出店やイベントの会場にもなる共有スペースを併設。僕が使っていた手回し焙煎機を譲ったのを機に、最近、自家焙煎にも力を入れています」(中村さん)。
【THE HOOD COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/アイリオ 1キロ(電熱式)
●抽出/ハンドドリップ(カリタウェーブ)、エスプレッソマシン(ロケット)
●焙煎度合い/中浅煎り~中深煎り
●テイクアウト/ あり(550円~)
●豆の販売/ブレンド1種、シングルオリジン4種。100グラム800円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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