コーヒーで旅する日本/四国編|カメラをポットに持ち替えて。のどかな山懐で気持ち解ける、職人気質の一杯。「Coffee stand CANS Hutte」
東京ウォーカー(全国版)
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
四国編の第43回は、高知県梼原町の「Coffee stand CANS Hutte」。高知県北西部、愛媛県と境を接する梼原町は、四万十川源流域にあたる山間の町。町を貫く国道沿いに立つ店は、まさに「Hutte(ドイツ語で山小屋や小屋)」の店名通り、山小屋の趣だ。店主の石戸谷光さんは、調理師、写真家を経て、コーヒー店を開いた、ユニークな経歴の持ち主。東日本大震災を機に移住したこの地で始めた店は、8年を経て界隈の拠り所となっている。「自ら手を動かす仕事が性に合っているんです」という職人気質の石戸谷さんが、新天地で見つけたコーヒーの魅力とは。
Profile|石戸谷光(いしどや・ひかる)
1971年(昭和46年)、神奈川県生まれ。調理師専門学校を卒業後。飲食店の現場を5年経験。その後、ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在し、帰国後はカメラマンに転身。約20年、広告、ファッションなど幅広い分野で活躍。2011年の東日本大震災を機に和歌山へ移住し、紀州備長炭の炭焼きの仕事に5年ほど携わった後、2016年に高知県梼原町へ。2017年に「Coffee stand CANS Hutte」をオープン。
ユニークな仕事遍歴からたどり着いた新天地
「目の前にある太郎川公園の『道の駅 ゆすはら』は、おでかけやドライブコースになっているレジャースポット。この店の建物は、もともと直売所のような施設の跡なんです」。そう話す、店主の石戸谷さんが、東京から梼原町に移住してきたのは2016年。ここにいたるまでの仕事遍歴が実にユニークだ。振り出しは料理人を目指した高校時代。調理師専門学校を経て、5年ほど飲食店で腕を振るった。その後、ワーキングホリデーでオーストラリアに渡り、帰国後はカメラマンに転身。アシスタントから独立し、フリーランスとして20年、広告、ファッションなど第一線の現場で活躍してきた。そんな石戸谷さんに転機が訪れたのは2011年、東日本大震災の発生がきっかけだった。
「震災が起こったのが、妻が妊娠中のことで、身の安全を考えて、子育てするなら田舎がいいと考えたんです」と、東京からの移住を決め、最初に移ったのは和歌山県。写真の仕事から、今度は、当地の特産である紀州備長炭の炭焼きに5年ほど携わる。「移住するなら山間部がいいなと思ってたんです。仕事についても、やると決めたら、修業して技術を習得する。何かしら自分で手を動かしてやることが性に合っているんです」と、一見、意外な転身も根っからの職人気質が所以だ。とはいえ、炭焼きは体力仕事、慣れない田舎での生活5年目にして体調を崩し、大病を患う。静養を兼ねて四国を巡ったときに、縁を得たのが梼原町。清流・四万十川の上流、山深い町に満ちる清らかな水と空気、美しい自然が残る町は、求めていた暮らしの場に相応しい環境だった。
梼原町に移住後も、炭焼きの仕事を続ける選択肢もあったという石戸谷さん。だが、当時、空き店舗となっていたこの物件を、偶然目にしたことで新たなアイデアをひらめく。「かつて道の駅には雲の上ホテルがあり、そのころは営業していてにぎわっていたが、こちらの店舗は閑散としていました。でもロケーションもよく、ゆったり過ごすのに活かせる場所だと感じて。ここならコーヒースタンドがぴったりだと、イメージが湧いたんです」
開店にいたる原点は海外のカフェカルチャー
石戸谷さんが、コーヒースタンドの発想にいたったのは、海外で訪ねたカフェ体験があったから。とりわけ、オーストラリアのカフェカルチャーに惹かれたことが、今につながっている。「今から30年ほど前。まだ日本ではイタリアンのレストランでしか本場のカプチーノが出なかった時代。現地ではエスプレッソを中心としたカフェ文化が根付いていて、すごいなと感嘆した。以来、何となく興味を持ち始めて、カメラマン時代に3カ月アパートを借りて滞在したニューヨークでも、本屋やカフェ巡りをしながら海外のカフェ文化に触れてきました」。ちょうど石戸谷さんが東京を離れるころには、日本にもアメリカのサードウェーブコーヒーが上陸し、それまでにないスタイルのコーヒースタンドが印象に残っていたという。
もともとは、コーヒーをブラックでは飲めなかったという石戸谷さんだが、奥さんがブラックを愛飲していた影響を受けて、自身も飲むようになった。「コーヒースタンドを始めたのは、物件との出合いと、妻がコーヒー好きだったことも理由の一つ」と、夫婦で開店準備を進め、2017年、「CANS Hutte」をオープン。実は、高知県内でもいち早くスタンド形式を取り入れた、先駆け的な存在でもある。
開店当初、コーヒー豆は石戸谷さんが訪ね歩いた東京や福岡のロースターから仕入れていたが、2021年から自家焙煎に切り替え。持ち前の職人気質をコーヒーにも発揮。「続けるうちに、自分で納得する味を作りたいという思いが強くなって。コーヒーは全くの独学ですが、焙煎を始めてみると、実は炭焼きに通じるものがあると感じて。原料を蒸し焼きにして、水分を抜いていくという過程は同じ。備長炭はできるまで1週間かかるけど、コーヒーなら15~20分くらいでできるので、焙煎の作業は楽しいですね」と、意外な形でこれまでの仕事の経験が活かされている。
開店前までにコーヒー店を数々巡り、中でも手回し焙煎で深煎り主体の店、やはり職人的な味作りに魅力を感じたという石戸谷さん。とりわけ心惹かれたのは、今はなき大坊珈琲店のスタイルだという。「残念ながら、店で飲むことはできなかったけど、イベントに行ったり、豆を取り寄せたりして飲んだコーヒーは格別で、大坊さんのようなスタイルでやりたいと憧れました。やるからには、誰が淹れても同じという店にはしたくない、自分が淹れるからこそ出せる味を提供したい、という思いは強いですね」
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