第65回 大正3年から続く伊勢の“ハイカラ”な洋食店「開福亭」

東海ウォーカー

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こぢんまりとした白い建物に緑の看板が目印。手前側が駐車場になっているphoto by 加藤山往/(C)KADOKAWA


三重県伊勢市、伊勢市駅の北西にある「しんみち商店街」とその周辺には、長い歴史を持つ店舗がたくさんある。洋食店として営業を続けてきた「開福亭」もその1つで、1914(大正3)年創業という。

食通が愛する“ハイカラ”な一軒家レストラン


店内には1937(昭和12)年に撮影した「開福亭」の写真が飾られる。初代から3代目までが写っているphoto by 加藤山往/(C)KADOKAWA


「開福亭」のオーナーシェフは4代目の下村忠さん。店は下村さんの曽祖父が創業し、祖父、父と代を重ねてきた。料理人一族の長男に生まれた下村さんは、10代のころから手伝いをしながらも、しかし家業への反発があったと打ち明ける。「学生のころはこの仕事が大嫌いでした。サラリーマンで日曜を休める仕事に就きたいと思っていましたから」。しかし、祖父は地元で飲食店の組合を作って忙しい。父は身体が弱いうえに無理を重ねてしまっていた。

4代目主人の下村忠さん。調理師学校を卒業後、神戸のレストランで1年修業し店に入ったphoto by 加藤山往/(C)KADOKAWA


下村さんは調理師学校を卒業し、神戸のレストランで修業を始めたが、2年の予定を繰り上げて1年で家業に呼び戻された。「そのころは88歳で現役だった祖父と一緒に働いていました」と下村さん。「開福亭」の味を引き継ぐためには、1年の猶予もなかったのだろう。そうして家族と一緒に店を回しながら経験を重ねるものの、やがて先代たちが亡くなっていき、ついに下村さんだけになった。最近は接客を手伝うスタッフも雇っているが、実質的にはオーナーシェフ1人の店である。店は不定休で、「できるだけ予約してほしい」と下村さんは話す。

「開福亭」を紹介した本、客が掲載された新聞などを店内に保管しているphoto by 加藤山往/(C)KADOKAWA


「開福亭」は、地元の食通によく知られている。「このあたりに住む80歳以上の人で、うちを知らない人はいないぐらいです」と下村さんは話す。客層を聞くと、作家、医者、企業経営者、スポーツ選手など、およそ“成功者”とされる著名な名前が次々と挙げられる。「なかには一族6代にわたって来てくださるお客さんもいます」。創業当時は“ハイカラ”な店として注目を集め、やがて本格的かつおいしい洋食が食べられると食通に愛された。同業者が減っていくなかでも残り続けてきたのは、何よりおいしいからにほかならない。

仕込みに2週間かけるデミグラスソース


【写真を見る】2週間を費やして仕込んだデミグラスソースをたっぷりかけた「タンシチュー」(2300円)photo by 加藤山往/(C)KADOKAWA


「開福亭」のメニューでとりわけ有名なのは「タンシチュー」(2300円)だ。スプーンでほろりと崩れる厚切りの牛タンそれ自体だけでなく、たっぷりかけられたデミグラスソースの味わいが特に好評である。「デミグラスの仕込みは、うちで1番手間がかかっていて2週間かけています。ルーからすべて自作し、毎日火をつけてちょっとずつ。昔ながらの仕事をしているだけですよ」と下村さんはこともなげに話す。

「チャーハン」(750円)の具は煮豚、シイタケ、タケノコなど。味付けの秘密は「内緒」と下村さんphoto by 加藤山往/(C)KADOKAWA


ユニークなメニューとしては「チャーハン」(750円)がある。洋食店としては意外だが、味付けは中華料理店のそれよりもずっとあっさりした印象だ。「うちの料理に合う、ライスの代わりとしてチャーハンを作っています。タンシチューをおかずにチャーハンを食べるという、昔からのお客さんも多いですよ」と下村さん。

「ビフテキ(200g)」(4000円)は和牛から脂の良質なものを厳選する。味付けは塩コショウのみ。付け合せのポテトサラダで使うマヨネーズも自作しているphoto by 加藤山往/(C)KADOKAWA


「ほかの店と比べたら断然安いと思います」と下村さんが勧めるのは「ビフテキ(200g)」(4000円)だ。「和牛のなかで質がよいものを選んで仕入れています。肉は見た目じゃなくて、脂の質を触って見極めています」と続ける。肉の質を味わってほしいからソースをかけず塩コショウだけ。最近は群馬県産や宮崎県産の牛肉がよいという。店で肉を仕入れている業者は3種類。牛、豚、鶏を別々に注文し、いずれも50年以上の付き合いだそう。「肉に詳しい人は『これで4000円なら安い』と言ってくれます」。下村さんはそう胸を張る。

“食べていただく”という気持ち


人手が減ったこともあり、キッチンから店内が見えるようにと店の改装を決意したphoto by 加藤山往/(C)KADOKAWA


大正時代から続く「開福亭」だが、2008年12月に大規模な改装を行った。「以前はキッチンから客を迎えるまでにドアが2枚ありました。しかし人手が減ったので、なかからお客さんが見えるように」と下村さんは改装の理由を話す。清潔感のあるスッキリとした新しい店構えは、席数こそ少し減ったものの、客はゆったりと食事を楽しめるようになった。

4人がけのテーブルが3卓とカウンター席が4つだけの小さな店photo by 加藤山往/(C)KADOKAWA


「私は料理人として大したことはありません。精一杯やっているだけです」と下村さんは謙遜する。実は下村さんの弟も料理人であり、現在は伊勢市駅前で評判のパン店「とんちん」を営んでいる。「弟のほうがよほど才能がありましてね。昔は『開福亭の弟がパンの店を始めた』なんて言われたものですが、最近は『とんちんの兄が洋食やってる』なんて言われてますわ」と下村さんは笑う。

創業当時から「開福亭」のトレードマークは福助人形だphoto by 加藤山往/(C)KADOKAWA


最後に下村さんに料理人としてのモットーを聞いた。下村さんはしばし考え、やがてキッチンから小さなカレンダーホルダーを持ってきた。そこには手書きで“食べていただく”と書いてある。「商売ではありますが、しかし店までわざわざ来てくださって、うちの料理を食べてくださる。そのご縁というか、感謝の気持ちを込めたいです」と照れくさそうに話す。後継ぎの予定がないことを指し「“絶滅危惧店”ですわ」と笑う下村さん。大正時代から続き、下村さんが守ってきた味は、今日も昔からの場所で食通の来店を待っている。

加藤山往

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