『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第28話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


インターホンがさっきから何度も鳴っている。

ドアの向こうから微かに声が聞こえる。

「イーくん! 居るのか?」

今は動きたくない。鍵はどうせ開いている。勝手に入ってくるだろう。

「おい、なにしてんだよ! こんな暗闇で!」

コングくんの騒がしい足音が近づいてくる。部屋の蛍光灯がつき、眩しくて目を細めた。今日は仕事を休んで一日中ベッドの中にいた。

「なんで、電話に出ねーんだよ!」

僕は寝返りを打って、体調が悪い振りをする。

「サンタバーバラのマスターがSHIBUYA-AXを押さえてくれるってよ!! やったな、おい!!」

それでわざわざうちまで来たのか。ただ、僕はまったく喜べなかった。昨日デンジャラス・じゅんに言われたことやファンの気持ちを一晩中考え続けて頭がどうにかなりそうだった。

「マスターなんて言ったと思う!? 仮に客が十人ぐらいしか入んなくても俺がケツ持ってやるから、思いっきりやってこいだって!! もう俺、涙が止まらなかったよ! さすがに十人はねーよな!!」

なんだか遠い話をしているみたいだ。

「へー、そうなんだ。すごいね」

「え…。へー、そうなんだって。イーくん、なんだよ、それ」

僕はこれ以上、雑音が入らないように布団にくるまった。

「おい。これは、へー、そうなんだ、で済ませる話じゃねーぞ」

「別に…。へーそうなんだって思ったからそう言っただけだよ」

突然コングくんが僕の布団をひっぺがして、胸ぐらを掴んで無理やりベッドから引きずり下ろした。

「おい。ふざけんなよ。俺はまだしも、マスターがどんな思いでこの話を受けてくれたと思ってんだ!!」

コングくんの目が充血している。

「なんでいつもここぞというときに、イーくんはそうやって投げやりになるんだよ!」

僕は焦点を合わせず、押し入れの方に目をやる。布団の埃が蛍光灯に照らされて光っている。

「言われたんだ。分をわきまえろって」

「はあ? わきまえろ? 誰に?」

「誰だっていいじゃないか!」

コングくんは何か言いかけようとしたが、言葉を飲み込むと、突き放すようにして両手を離した。

「マイケルがしてないことをするなって言われた。それでもインパーソネーターかって。ファンの気持ちを踏みにじるなって」

目から自然と涙がこぼれ落ちた。

インパーソネーターは何か特別なことをしちゃダメなのか。

少しでもファンのためになると思っても、それは思い上がりなのだろうか。

僕はそこまで自分を殺さないといけないのか。

「正直…、そこまで言われると、やれる自信がない。僕はマイケルのしてなかったことはできない」

コングくんは黙ってそれを聞くと、ゆっくりと僕の前に腰を下ろした。

「な、イーくんさ。誰に何を言われたか知らねーけど、これだけは言うわ。マイケルが亡くなった今、俺の中でマイケルはもうイーくん、ただ一人だ」

僕は顔をあげてコングくんを見た。

「マイケルはある意味、世間に殺されたようなものかもしれない。でも俺はイーくんを誰にも殺させはしない」

目が真っ直ぐ僕を捉えている。

「イーくんの凄いところは、マイケルとイーくんの間に余計な個性が介在しないところなんだ。他のインパーソネーターたちはみんな少なからず自分の癖がある。でもイーくんにはそれがない。それが他のインパーソネーターたちと圧倒的に違うところだ。むしろそこが個性だとも言える。だからイーくんがマイケルをやるときは、やっぱりマイケル・ジャクソンなんだよ」

「たとえそれが、誰かを傷つけることになっても?」

僕の耳にはまだファンの声が残っていた。

「イーくんのマイケルに対する愛情はそんなものなのか?」

「え?」

「愛情を持って真剣に取り組めば、俺は必ずみんなに分かってもらえると思う」

マイケルに対する愛情なら僕だって負けない。愛しているからこそ、ここまでやってこられたんだ。

「精一杯の愛情をかけて誰かを傷つけてしまうようだったら、それはもう仕方がない。でも、俺はそうはならないと思う」

コングくんは僕を見据えたままそう言った。その言葉には、迷いがなかった。

次第に僕は自分のマイケル愛を試されているような気がして、なんだか怒りにも似たやる気がむくむくと体の奥から湧き上がってくるのを感じた。デンジャラス・じゅんに言われたことも、ファンの声も。そうであるなら、なおさら逃げるわけにはいかないと思った。

自分の愛情に賭けてみたい。

なぜなら僕だってマイケルのことが死ぬほど好きだから。それを否定することはこれまでの自分の人生も、マイケルも否定することになる。

僕が大きく一度頷くと、コングくんがそれを決意と受け取った。

「分かったら、さっさと準備に取りかかろうぜ! もう時間がねー!!」

「コンくん。あと一つだけ、心配なことがあるんだ」

「何よ?」

「訴えられるかもしれない」

そう言うとコングくんは「なるほど…」とすぐに合点がいった。

「だったら、正攻法でやればいいんじゃねーか?」

「正攻法?」

コングくんはまたしても企んだ顔をして「任せとけよ!」と言って、家を出て行った。

* * * * * * * 

SHIBUYA-AXに向けて急ピッチで準備が進められた。コングくんの伝を頼って、音響班、照明班、映像班、美術班、メイク班、そして何よりも一番大事なすべてを統括する舞台監督が揃った。全員が実際に現場で活躍する一線級のプロたちだ。そして有り難いことに、そのほとんどが、なんとボランティアで参加してくれることになった。

その理由がどこからくるのか。僕らの情熱にほだされただけとは考えにくい。時流だったのかもしれないし、またはエンターテイメントの世界に身を置く者として、誰もが一度はマイケルに恩義を感じて何か恩返しをしたいと思ってくれたのかもしれない。

ただ、おそらく共通しているのは、みんなこの前代未聞の、マイケルがやりたくてもできなかった景色を自分たちの手で作ってみたいという思いに、プロとして、クリエイターとして純粋に心がうずいたのかもしれない。

そして、各地からプロのバックダンサーたちが集められた。ただし、プロといってもマイケルのダンスは特殊だ。ヒップホップやブレイキングなど余計な癖がついていない方が望ましい。ユーコとジュディスが何週間も前から徹底的に振り付けを指導していった。

こうして少しずつ役者が揃った。

「えらいことになったぞ、イーくん。バックダンサー7人、ポールダンサー1人、シークレットダンサー1人、キャスティングダンサー1人、『ヒール・ザ・ワールド』のキッズたちで24人、それ以外でコーラス4人、ギター2人とステージに出てくるキャストだけで、40人以上いるぞ!」

「でも、『THIS IS IT』を完璧なところまで持っていくなら仕方ない。むしろ少ないぐらいだ」

僕がそう言うと、コングくんがiPadを見ながら「おまけにカメラマンが7人、映像ディレクターが1人、ヘアメイクとスタイリストと照明、そこにアシスタントで入る一般のファンも含めたらスタッフだけでも40人以上いるよ! ここまで来るともう笑えてくるな」そう言って僕にiPadの画面を見せてきた。

このプロジェクトは僕らを筆頭に、プロのなかに素人が混ざっている。募集をかけたら多くのファンが参加意志を表明して集まってくれたのだ。まさにみんなで一丸となって作るファンによる、マイケルのステージだ。

「あとは、特殊マイクスタンドか」

iPadの画面をスクロールすると、そこにマイケルが『THIS IS IT』で使用した特殊マイクスタンドが出てきた。

今回のステージは、衣装だけで100万円近くかかっている。本物さながらに一から製作したからだ。お金は借金して後日返済することになっている。

『ビリー・ジーン』の光る電飾服、『スリラー』で登場する巨大な蜘蛛、一万五千個のラインストーンをあしらったギター、CGを駆使した映像、そのこだわりはとうとうマイクスタンドにまで及んだ。

なぜならマイケルの『THIS IS IT』の映像を観ると、どう考えても市販のマイクスタンドには見えなかったからだ。探して見つけられないのなら、僕らの手で作るしかない。

「オパちゃん、間に合うかな…」コングくんはそう言うと、香盤表とダンサーたちのリハーサルスケジュールを照らし合わせた。

「イーくん、この特殊マイクスタンドさ、もし間に合わないならやめてもいいんじゃないか?」

前回のアンチ・グラビティに引き続き、僕らは金属加工会社に務めるオパちゃんに製作を依頼した。二つ返事で彼はそれを快諾してくれたのだが、ただ、それからなんの音沙汰もない。

「え、ちょっと待ってよ。オパちゃんは遅いけど、約束は守る人だよ」

「だけど、マイクスタンドに限らず、もう時間的にも予算的にも、ここからは可能だったら削れる方向でいきたい」

コングくんが困ったように言った。

「だったら、僕が一度会社まで行って様子を見てくるよ」

諦めきれない思いもあったが、久しぶりにオパちゃんに会いたかった。

(第29話へ続く)

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