コーヒーで旅する日本/九州編|劇的な感動ではないけれど、ふとした時に気付く「豆香洞コーヒー」の真の価値

九州ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

焙煎所でほぼ1日を過ごす後藤さん


九州編の第15回は、福岡県大野城市に本店兼焙煎所を構える「豆香洞コーヒー」。店主の後藤直紀さんは2013年のWorld Coffee Roasting Championshipに日本代表として出場し、見事優勝。“世界一の焙煎士”として名を馳せるロースターだが、店は驚くほどコンパクトで、自身も表立って、その栄冠を誇ることはない。開業時からコーヒー好きのために精一杯尽くしたいと、「At coffee lovers' service」をモットーに掲げ、その思いは今も不変。毎日、「豆香洞コーヒー」を愛してくれる人々のために豆を焼き続ける後藤さんの今、そして未来のことについて触れてみたい。


Profile|後藤直紀
1975(昭和50)年、神奈川県横浜市生まれ。幼少期から福岡市で育つ。コーヒーがもたらす人とのつながりや空間に魅力を感じ、コーヒーの世界を志す。東京の老舗、カフェ・バッハの田口護氏に師事し、焙煎、カッピング、抽出を学ぶ。2008年、「豆香洞コーヒー」をオープン。ジャパンコーヒーロースティングチャレンジ2012で優勝し、その後、日本代表として出場したWorld Coffee Roasting Championship2013でチャンピオンに。保有資格にアメリカスペシャルティコーヒー協会認定カップ審査員、日本スペシャルティコーヒー協会認定ジャパンハンドドリップチャンピオンシップ味覚審査員など。

成長の第一歩は、わかっていないことに気付くこと

焙煎が終わる度にカッピングし、次のバッチにフィードバック

友人に誘われたコーヒーサークルの活動で、地元の喫茶店を巡るなか、そこに集まる人や空間に魅了された後藤さん。自家焙煎に興味を抱き、独学で焙煎をスタート。これが後藤さんの焙煎士としての第一歩だ。

「会社勤めをしながら2年ぐらい独学で自家焙煎に取り組み、当時の自分は『普通においしい』って満足していたんです。いよいよ開業を考えて、東京のカフェ・バッハの田口さんが主催する開業セミナーに参加しました。その機会に、東京のいわゆる名店と呼ばれる店にも足を運んだんです。いろいろな店を巡ってコーヒーを飲むにつれ、自分で焼いたコーヒーがどれだけ未熟か痛感して。プロが焙煎したコーヒーと自分で焼いたコーヒーの味わいのクオリティは天と地ほどの差があるんですが、その理由がなにかわからない。それで田口さんに相談し、カフェ・バッハさんのトレーニングを受けることにしました」

おいしいコーヒーとおいしくないコーヒーの違い。感覚的にはわかるけれども、明確に理由がわからない。これを後藤さんは「わかっていないことに、気付けていない状態だった」と表現。さらに、「わかっていないことに気付くためには、扉を見つけて、それを開けないといけない」と続ける。

基本に忠実に、技術を磨いていく堅実なスタイル


カフェ・バッハでのトレーニングはおよそ3年にわたった。福岡で会社勤めをしながら自費で定期的に東京を往復する日々。もちろん費用はかさむし、後藤さんは一日も早く開業したかったそうだ。

「田口さんにうまく手綱を引いてもらったというんでしょうか。焦る私をなだめながら、一つ一つ新たな扉を開けるヒントをくれたんです。扉が開いてしまえば、それからは技術的なアプローチになるので、自分自身の努力で解決できます。そうやって田口さんに焙煎士としての基礎を築いていただきました」と後藤さん。

試合に勝って、勝負に負けた、世界一

開業時から使用している焙煎機・Meister-5

「豆香洞コーヒー」を開業したのは2008年。大和鉄工所がカフェ・バッハの協力のもと開発した焙煎機・Meisterを愛機にオーナーロースターとして歩み始めた後藤さん。開業してからも常に新たな扉を開け、技術を磨く努力を続けた。その一つの方法として選んだのが、各種競技会への挑戦だ。2009年のジャパン カップテイスターズ チャンピオンシップ日本3位を皮切りに、ジャパンコーヒーロースティングチャレンジ2012優勝、World Coffee Roasting Championship2013優勝など、国内外の競技会で活躍。

「競技会に出場したのは、純粋に技術の底上げのため。出場するからには良い成績を残したいので、普段とは違う方向から焙煎を見直したりもします。そうすると、また新たな発見があり、違う扉が開くこともあります。さらに、競技会に出場することで全国の凄腕のロースターの技術を直に触れることができましたね」

焙煎時、「体調に最も左右される」と嗅覚にはほとんど頼らない


そうやって日々の焙煎と並行して、競技会へのチャレンジを続け、2013年世界一に。その結果に対し、焙煎を極めたという意識はなかったのか。

「それは一切ありませんでしたね。焙煎の競技会って、競技前に自身がどんな風に焙煎するか申告して、その味わいにどれだけ近づけられるかがジャッジのポイントになります。そういった意味では上手にできた自信はありましたが、ほかのロースターが焼いたコーヒーが私よりも素晴らしいものはたくさんありました。同じ原料、環境で焼いているのに『こんな味わいを引き出せるのか』と本当に驚かされるものばかりで。だから、試合に勝って、勝負に負けたっていうのが本音。日本国内の大会でもその感覚は同じでした」と後藤さんは競技会を振り返る。

レジ裏にひっそりと置かれたトロフィー


モノ・コトの良さを深堀りし、焙煎に活かす

欠点豆を見つけるハンドピックは焙煎前、焙煎後と必ず2回実施

後藤さんは焙煎士にはセンスの塊のような人と、緻密に計算した上で味わいを引き出すロジカルな人の大きく2パターンに分かれると説明し、自身は後者寄りだと言う。

「センスの塊のような人は、その感性を活かして、時に想像を超えるようなコーヒーを焼きます。その感性の鋭さは正直羨ましいぐらい。おそらく僕には天性のセンスはないでしょう。だけど、感性は日々の暮らしの中で磨くことができると思っています」と後藤さん。

例えば、絵画や写真を見て、専門家のように批評はできないけれど、「なんか、これ良いな」という作品と出会うことがあるとする。理由ははっきりとはわからずとも、何が良いと思わせているのか、より深く考えるようになったそうだ。“ものの良さ”の理由を独自に分析することはコーヒーの焙煎にも大いに活かせるという。

「私がコーヒーを焙煎する際に大切にしていることの一つが味わいのバランスです。なんでもそうですが普遍的に評価され続けているものは、バランスが秀でているものが多いと思うんです。そいういった意味でも、特筆すべき点がなくとも、バランスに優れていれば、多くの人の心に残り、永く愛されるのではないでしょうか」

ブレンド、シングルオリジン合わせて17種程度と、豆の選択肢は豊富


そんな考えもあってか、「豆香洞コーヒー」のコーヒーが個性的と称されることは少ない。生産処理も伝統的な方法であるウォッシュド(※1)、ナチュラル(※2)がほとんどだ。

「当店の味作りのコンセプトは、『毎日飲める味』です。ダブルファーメンテーション(※3)、アナエロビックファーメンテーション(※4)など、ここ数年で新たな生産処理を施した生豆も流通しており、個性的でユニークな味わいを表現できるのですが、私がまず考えることは、当店を日々ご利用いただくお客さまが『毎日飲める味』かどうかということ。そう考えると、個性的な原料はなかなか当てはまってこない。ただ、『こんなコーヒーもあるんですよ』っていう新たな提案には良いのかもしれません」

後藤さんが常に考えているのは、「お客さまが毎日飲める味か」という点


バランスについて、日常的に使う箸を引き合いに出して、こうも説明してくれた。「ある日、朝ごはんを食べているとき、使っている箸がものすごく良い品だと感じたんです。妻に『良い箸だね』と伝えたところ、『それは結婚祝いにいただいたもので、あなたは5年間、毎日使っているじゃない』と言われて。良いものってそういうことなんだって思ったんです。数年間、気付かなかったけど、ある時ふと、そのものの良さに気付かせてくれる。当店のコーヒーもお客さまにとって、そんな存在であってくれたらうれしい。毎日飲んでいるけど『あ、やっぱりこのコーヒーおいしいな』って、ある時ふと思ってもらえるような。劇的な感動はないけれど、しみじみと心の琴線に触れるようなコーヒーを作り続けたいという思いは、今後も変わらないでしょう」

コーヒーファンを増やしていけば…

白木原店は2022年3月現在、カフェ利用は休止中。ドリンクはテイクアウトのみ可能だ

現在、後藤さんはオランダ・GIESEN社の15キロの焙煎機をメインにほぼ毎日、1日中焙煎に取り組み、開業時に比べると焼く量、回数も格段に増えた。さらに、各種競技会の審査員、企業や団体向けに製品開発やコンサルティング業務を行っているとあって、コーヒーとの関わりは非常に深くなっている。そんな後藤さんは、自身がコーヒーとともに生きていくにあたり、2つのことを懸念しているという。

1つ目は原料のこと。生産者が良い原料を育ててくれないと、おいしいコーヒーを作り続けることができないからだ。2つ目は、コーヒーを飲む人が減ること。後藤さんは「コーヒーって飲むことでお腹が満たされるわけではないですし、体を動かすためのエネルギーにもならない。いわゆる嗜好品ですから、極端な話、なくても良いものなんです。でも、お客さまにとって“おいしい”飲みものであるから日々飲んでいただいている。つまり、おいしいコーヒーとの出会いをもっと増やしていかないといけないと思うんです。そういった意味で、おいしいコーヒーを提供したいと考えている方々のお手伝いも、私たちにとって大切な仕事になる」と今後を見据える。

開業時から大きくは変わらない「豆香洞コーヒー 白木原店」


「豆香洞コーヒー」の規模を大きくしていくよりも、言わば業界全体の下支え。これは、きれいごとではなく、自分自身がコーヒーとともに歩んでいくための現実的な考えによるもの。コツコツと技術と知識を積み上げた上で世界一の焙煎士となった、後藤さんらしい未来へのアプローチだと感じた。

モットーは「At coffee lovers' service」。直訳すると、「コーヒー好きの方々に奉仕します」


後藤さんレコメンドのコーヒーショップは「江崎珈琲店」

次回、紹介するのは佐賀県・三瀬村で土日祝のみ営業している「江崎珈琲店」。
「『江崎珈琲店』の店主、江崎さんは珈琲美美さんで修業された方です。コーヒーに関してとてもストイックで、勉強熱心。全国各地、さまざまな店に足を運ばれていますし、世界のコーヒー事情にも精通している。一方で、ご自身が理想とするコーヒーの形はしっかり持たれていて、それを長年突き詰めているのが純粋にすごい。あそこまで、しっかりこだわりを持たれている方はなかなかいないと思います」(後藤さん)

【豆香洞コーヒーのコーヒーデータ】
●焙煎機/GIESEN W15A(15キロ)、大和鉄工所Meister-5(5キロ)
●抽出/バッハドリッパー
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり(367円〜)
●豆の販売/ブレンド4種、シングルオリジン13種、200グラム1468円〜

※1…コーヒーの実の果肉を機械で取り除き、発酵。さらに、その後の水洗過程で残りの付着物を除き、乾燥させる方法
※2…収穫したコーヒーの実を、そのまま果肉がついた状態で天日干しする方法
※3…果肉を除去したコーヒーチェリーをタンクに入れて、2回発酵させる方法
※4…嫌気性発酵。コーヒーチェリーを密閉容器に入れて酸素を遮断し、微生物の活動を活発化させる方法

取材・文=諫山力(Knot)
撮影=大野博之(FAKE.)


※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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