コーヒーで旅する日本/九州編|「珈琲蘭館」。豊富な知識と経験から導き出したコーヒーの正解

九州ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

確かな舌を持っているからこそ引き出せるコーヒーの味がある

九州編の第17回は、福岡県・太宰府市にある「珈琲蘭館」。マスターを務める田原照淳さんは、コーヒーの味の違いを的確に判別する高い技術を持ち、さらに優しい人柄もあって、業界でも多くの人に慕われている。積み上げてきた知識と経験をもとに、独自の焙煎、抽出理論を掲げ、新たな視点からより魅力的なコーヒーを生み出す「珈琲蘭館」。その魅力に迫る。

Profile|田原照淳さん
1975(昭和50)年、福岡県太宰府市生まれ。大学卒業後、百貨店に就職し、サービスの根本を学ぶ。4年半勤めた後、母親の順子さん(写真右)が営む「珈琲蘭館」の手伝いを始める。2005(平成17)年、九州初となるSCAA(※1)認定のコーヒー鑑定士(カッピングジャッジ)の資格を取得。2010年ジャパン カップテイスターズ チャンピオンシップで日本一に輝き、日本代表として出場したワールド カップテイスターズ チャンピオンシップ2011では世界3位に。自身も2014年3位、2015年2位と好成績を残したジャパン ハンドドリップ チャンピオンシップでは審査員としても活躍。

日本屈指のコーヒー鑑定士

店は西鉄太宰府駅から徒歩5分ほどの場所にある

太宰府市でおいしいコーヒーが飲める店といえば、まず名前があがる「珈琲蘭館」。福岡県内をはじめ、九州でもその名は広く知られている。店を訪れると、外観からクラシカルな純喫茶店のスタイル。店内も同じく重厚な設えで、カウンター背面に並ぶさまざまなコーヒーカップなど、いかにもコーヒー好きの心をくすぐりそうな雰囲気だ。抽出はネルドリップを基本にエスプレッソマシンも使う。豆の種類は多く、ブレンド、シングルオリジン、ストレート合わせて約25種を用意。いわゆる一般的な自家焙煎コーヒー店と変わらない印象だろう。

【写真】店を開いたのはもともと母方の祖父が営んでいた東洋蘭の展示場があった場所。そこから「蘭館」と名付けた

創業は1978(昭和53)年。まもなく創業から45年を迎える老舗だ。長きにわたり自家焙煎とネルドリップで愛されてきた店の歴史もあるが、「珈琲蘭館」がコーヒーの名店として知られている理由の一つに、マスターの田原照淳さんの存在が大きい。田原さんは2010年の第2回ジャパン カップテイスターズ チャンピオンシップで日本一に輝き、その翌年に行われたワールド カップテイスターズ チャンピオンシップでは世界3位に輝いたカッピングの名手。その後も同競技会で2011年国内2位、2013年国内3位、2014年国内で再び優勝と、競技会で多くの功績を残している。つまり、それだけコーヒーの味わいを的確に判断できる舌を持っているということで、そんな田原さんだからこそ表現できるコーヒーを求め、県内外から多くの客が足を運ぶ。

増築は重ねてきたものの、創業時とほぼ変わらない雰囲気

田原さんがカッピングの技術を磨いたのには明確な理由がある。「私が物心ついたときから両親は『珈琲蘭館』を営んでいました。父は私が中学生の時に他界してしまい、それから約18年、母が店を守っていました。私は大学卒業後、一度は百貨店に就職しましたが、店に男手が必要だと思い、母の手伝いを始めたのがコーヒーの入口。ただ、その当時から母やスタッフさんたちが営む店は常連のお客さまに愛されており、私が家業を手伝うことでの存在意義が見つけられなかったんです。そこで私はコーヒーの知識、技術の底上げをすることに決めました」と田原さん。

2018年にはJ.C.Q.A.(全日本コーヒー商工組合連合会)認定コーヒー生豆鑑定マスターの資格も取得

それからは持ち前のコツコツと積み重ねる地道さと研究心で、より店のコーヒーの味わいをおいしくするための努力を重ねた。SCAA認定のコーヒー鑑定士(カッピングジャッジ)の資格を九州でいち早く取得するなど、真摯にコーヒーと向き合う日々。競技会に出場したのも、自身の技術・知識の土台を作り上げるためだ。

知識を増すにつれ進化した生豆や焙煎環境

イブラヒム・モカ(100グラム1383円)、パナマ・エスメラルダ農園のゲイシャ(100グラム4104円)など希少な豆も用意

コーヒーに関する知識を蓄えていくにつれ、原料の重要性も実感したという。スペシャルティコーヒーを産地から直接買い付ける共同購入グループに入り、厳選した生豆を仕入れるようになると、今度はよりベストな焙煎ができる環境を求めた。2006年、着手したのは新たな焙煎機の導入。それまでは創業時からある半熱風式のフジローヤル3キロを愛機としていたが、より的確なローストを目指して、PROBAT L5を購入。実はPROBATは田原さんの父親も開業当初から手に入れたいと思っていた焙煎機だそうで、亡き父の夢を、奥さんと息子が叶えたと考えると、ロマンがあるというもの。

創業時から使用しているフジローヤルの焙煎機

新たにPROBATの焙煎機を手に入れたことで、「世界が広がった」と田原さん。同年CQI認定のQグレーダー(※2)を取得し、2007年に福岡で立ち上がったコーヒーの有志団体COF-FUK(※3)にも参加。田原さんはますますコーヒーの世界の奥深さを実感し、それと同時に「珈琲蘭館」もまた次のステップへと歩み始めた。

よりおいしいコーヒーを追求した結果

ネルドリップでコーヒーを抽出する田原さん

資格取得、競技会への挑戦と、田原さんは感覚的にではなく、理論的にコーヒーと向き合うタイプ。コーヒーをよりおいしく焙煎、抽出するために使用する器具へのこだわりも強い。例えば、昔から大きくは変わらず普遍的なものであるネルドリッパーも、形状を変えたり、フィルターの深さ、縫い方を変えたり、試行錯誤を重ねた。「例えば、この形、この大きさといったセオリーがあるものでも、試したくなってしまう性格で。結果、やっぱりこの形が正解だなってなることも多いんですが、いろいろ試してみると、小さな気付きは多少なりともあるもの。一方でこのマシン、器具の方が優れていると明確にわかる場合もある」と田原さん。

それが、特注で作った焙煎機とコーヒーミルだ。ともに製作したのは長野県にある井上製作所。田原さんは、ネルドリップで淹れるコーヒーに大切なのは味わいの“重み”だと話し、それを焙煎で表現するのに井上製作所の焙煎機は最適という結論を出した。

「突き詰めていくと、当店の場合、ネルドリップに合う焙煎ができるマシンがベスト。PROBATはドイツ製ということもあり、日本人が好む柔らかい味が特徴のネルドリップに最も適しているわけではないと私は感じていました。それで、井上製作所さんに相談して、焙煎機を特別に作ってもらいました」

導入したのは2018年。12キロの半熱風式だが、独自設計のマシンのため、使いこなすには焙煎理論、とくに基礎の部分が大事になったそうだ。ゆえに、製作にあたり田原さんが焙煎したコーヒーに加え、生豆を長野県まで持参。その豆を井上製作所の焙煎機で焼くなどを繰り返し、ようやく井上さんへ依頼が叶ったという経緯がある。

焙煎室に据えられたPROBAT L5と井上製作所の半熱風式焙煎機

さらに井上製作所のコーヒーミルは、3段ローラーで豆を挽くリードミルと呼ばれるマシン。

田原さんは「ミルで豆を挽く際にコーヒーの良い香りが漂いますが、あれって実は摩擦熱によって香りが出てしまっているということ。豆を挽く際、どうしても摩擦熱は生じてしまいますが、その熱をできるだけ出さない方が抽出したコーヒーにより多くの香り成分を落とし込むことができる。その点を考えられたのが、このリードミルで、微粉が出にくいのも魅力です。さらにマニアックなことを言うと、焙煎した豆に摩擦熱が加わった時点で、焙煎が完了するというのが私の考え。ですから、コーヒーミルで最終的にどのぐらいの摩擦熱が加わっているかまで考えることで、コーヒーのクオリティは増すと思います」と話す。

ここまでいくと「自己満足の世界」だと感じる人もいるかもしれないが、すべてはよりおいしいコーヒーを届けたいという田原さんの思いの表れだ。

最後に田原さんはこんな印象的な話もしてくれた。
「自分自身の技量を高めるため、一生懸命勉強してきましたが、逆に今思うのは、産地や生産処理、焙煎・抽出の仕方など、コーヒーの物差しだけで考えていると限界があるということ。もちろん、今まで培ってきた経験や知識は私の大切な財産ではありますが、それだけに頼っていると新しい発見はないのかなと感じています。例えば生け花やアート、音楽など、一見するとコーヒーと関係のないものから得られるインスピレーションもある。総合芸術というとおおげさかもしれませんが、コーヒーの味作りにはそういった視点も大切だと考えています」

エッグサンド(880円)、ネルドリップで淹れたコーヒー(638円〜)

真面目にコツコツと、堅実にコーヒーと向き合ってきた田原さんが今考える、コーヒーの味作りや店の方向性。「これが正解だと思ってしまったら、そこまでですから」と田原さんは笑顔で話す。あと6年で創業半世紀を迎える「珈琲蘭館」は、今後も多くのコーヒーラバーを魅了していきそうだ。

豆のみの購入も可能


田原さんレコメンドのコーヒーショップは「coffee roaster So&So」

次回、紹介するのは福岡市・桜坂にある「coffee roaster So&So」。
「『coffee roaster So&So』は渡邊さん夫妻が営む店で、2021年12月にオープンしたばかり。焙煎を担当するご主人は俳句やマラソンなど多趣味で、シーズナルブレンドは俳句の季語をテーマにするなど、アプローチの仕方がユニークだと感じています。もちろん、テーマに沿って丁寧に焙煎、ブレンドされたコーヒーもおいしい。私自身、コーヒーは“ソーシャルドリンク”だと思っているので、人と人との繋がりを大切にされている点も共感しています」(田原さん)

【珈琲蘭館のコーヒーデータ】
●焙煎機/井上製作所 半熱風式12キロ、PROBAT L5、フジローヤル半熱風式3キロ
●抽出/ネルドリップ、エスプレッソマシン(LA MARZOCCO Linea)
●焙煎度合い/中煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/ブレンド8種、シングルオリジン・ストレート約15種、100グラム580円〜

※1…アメリカスペシャルティコーヒー協会
※2…コーヒーの品質を評価できることを証明する資格
※3…勉強会や情報交換を目的に、福岡で結成されたグループ。MANLY COFFEEの須永さん、manucoffeeの西岡さんが立ち上げ人で、REC COFFEEの岩瀬さん、北添さん、豆香洞コーヒーの後藤さんらが参加

取材・文=諫山力(Knot)
撮影=大野博之(FAKE.)


※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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