コーヒーで旅する日本/関西編|この一杯がもたらす幸福を一人でも多くの人に。「ABOUT US COFFEE」が提案するコーヒーの多様性

2022年4月19日 09:00更新

関西ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

開店後も毎月、焙煎の勉強会に参加し、知識と技術をアップデートし続けている澤野井さん


関西編の第9回は、京都を代表する観光地・伏見稲荷大社の近くに店を構える、スペシャルティコーヒーショップ「ABOUT US COFFEE」。店主の澤野井さんは、アパレル販売員から転身し、コーヒー業界歴ゼロで自店を立ち上げた、ユニークな経歴の持ち主。だからこそ持ちえた柔軟な発想と、独自に研鑽を重ねた知識と技術で提案する、多種多様なコーヒーは、より多くの人に至福のひと時を届けたいとの思いゆえ。日々、訪れる人それぞれの気持ちに響く、コーヒーとの出合いを演出する、澤野井さんが目指す店の姿とは。

店主の澤野井泰成さん


Profile|澤野井泰成
1989(平成元)年、大阪府門真市生まれ。大学卒業後、ラグジュアリーブランドのアパレル販売員として就職。在職中にコーヒーの魅力に惹かれ、開業を目指して働きながら飲食業の専門学校に通い、2019年に京都市伏見区に「ABOUT US COFFEE」をオープン。2022年に2号店をオープン予定。

思い込みを覆したエチオピア・ナチュラルの衝撃

京町家を改装したゲストハウス「稲荷凰庵」に隣接。レセプションも兼ねている

いまや世界的な名所となった伏見稲荷大社のほど近く。大通りからは目立たない、風情ある石畳の小路に3年前、オープンした「ABOUT US COFFEE」。「京都の街が持つ独特の魅力に惹かれたのが理由の一つ。また、ここは誰もが知る観光地で、国内だけでなく、海外からのお客様も多く来ていただけると思って」という澤野井さん。

黒い外観とは対照的に、店内は白をベースにしたモノトーンのインテリア。さらに、2階のカフェスペースに上がると、壁の一面を胡蝶蘭が彩る、シックな空間が広がっている。思わず目を奪われるアーティスティックな演出は、開店前に長年、ファッションの仕事に携わってきた澤野井さんならでは。華やかな雰囲気もあって、近隣の大学の学生や浴衣姿の観光客など、訪れるお客の多くが女性というのもうなずける。

1階のカウンターでは、時にコーヒーの相談に訪れた人にレクチャーを行うことも


とはいえ、決して映える空間が眼目の店にあらず。澤野井さんが吟味したスペシャルティコーヒーが主役の、歴とした専門店だ。「コーヒーの世界では新参者なので、まずは店の存在を知ってもらえるよう、ロケーションやインテリアなども、“ここに足を運ぶ理由”になればと考えました」という澤野井さんが、コーヒーの魅力に気付いたのは、アパレルの仕事に就いていたころ。

「実は学生時代までは、コーヒーといえば、眠気覚ましに飲む苦い飲み物、という程度の存在でした。それが決定的に変わったのは、社会人になって、大阪のスペシャルティコーヒー専門店・Lilo Coffee Roastersのエチオピア・ナチュラルを飲んでから。苦いという思い込みが強かったぶん余計に、フルーティーな風味が衝撃的に感じて、そこからコーヒーの世界に関心を持ち始めたんです」

以来、その探究心はやむことなく、やがてコーヒーに自分を表現する場を見出し、仕事の傍ら専門学校に通い、本格的にコーヒーを学び始めた。

「抽出、焙煎、店の運営までひと通り学びましたが、焙煎の授業の講師が、神戸の生豆卸・マツモトコーヒーで長年勤め、独立後にLANDMADEを開いた上野さん。国際的な品質評価資格Qグレーダーの基準で、質の高い指導を受けられたことで、コーヒーに対して自然とQグレーダー目線の考え方が身に付きました。その意味では、自分にとって師匠と呼べる存在です。特に焙煎において、素材に私情を挟まない、客観的でブレない味作りは、今も自分にとって一つの軸になっています。突出した個性だけにフォーカスするのでなく、全体のバランスをどうコントロールするか。そのためにカッピングがより重要だということも感じましたね」

【写真】女性客に人気の2階のカフェスペース。胡蝶蘭が彩るラグジュアリーな空間は、澤野井さんが好きなファッションデザイナーのショーから想を得たとか


多様なコーヒーがもたらす“ハッピー”を多様な人に

豆の品揃えはシングルオリジン5~6種、ブレンドは定番の中煎りと、浅煎りの銘柄を配合する季節のブレンドの2種。ブレンドでは、多彩な豆の個性が互いに響きあう配合の妙が楽しめる

専門学校で師と仰ぐ存在と出会って以降は、自宅に小型焙煎機を持ち込んで焙煎したり、Qグレーダーの資格を取得したりと開店準備を進めた澤野井さん。その間、コーヒーショップやカフェなどでの、いわゆる“修業”を経験することなく開店に至る。

「確かに不安もありましたが、開店の時点で30歳という年齢を考えると、修業を積むよりは、自分の店を出してしまった方が成長できるだろうと、まずは一歩を踏み出したんです」と振り返る。現場での経験は店を立ち上げるうえで役立つこともあるが、修業先の流儀やスタイルに固執してしまう可能性もある。逆に、コーヒーに対して“こうあるべき”という先入観がないからこそ生まれた、店のコンセプトの一つが“多様性”だ。

スペシャルティコーヒー専門店というと、豆のキャラクターを活かした浅煎りのシングルオリジン主体のイメージがあるが、ここではブレンドもあり、焙煎度も浅煎りから深煎りまで、精製プロセスも実に幅広い。「自分が思う多様性は、焙煎度も精製プロセスも含めたもの。また抽出についても、最終的な液体の質が良ければ、豆の個性によって器具や淹れ方も変えますし、極端に言えばコーヒーメーカーでもいい。大切なのは、ここを訪れた時に、“おいしい”と思えるコーヒーと出会うきっかけを増やすこと。その正解は一つではないと考えています」

温度による変化も楽しめるよう、ドリップコーヒーはポットで提供。お客がカップに注ぎ入れる。写真は「COFFEE COLLECTION WORLD DISCOVER」優勝時の豆、エチオピア・ニグセ・ゲメダ・ムデ農園・ナチュラル 700円


だからこそ、豆の特徴が重複しないように選択肢を広げ、情報をできるだけオープンに示すことに腐心する。例えば、コーヒーに必ず添えられるインフォメーションカードには、豆のスペックや焙煎度はもちろん、フレーバーや質感、抽出レシピ、生産の過程など…細やかに記されているのも、お客自身が好みを発見するフックを作るため。そうした多岐にわたるアプローチには、ファッション業界での経験も生かされている。

「よく“おすすめのコーヒーは?”と聞かれますが、それはお客さんの嗜好や気分次第。例えば、一口に“飲みやすい”と言っても、コーヒーを苦いと思っている人と酸っぱいと思っている人では、飲みやすさは違います。まず、一人一人の求める味を知るためのコミュニケーションから始めます。コーヒーとファッションは共通するところがあって、カジュアルやモード、フォーマルなど時と場所、シチュエーションによって着たい服が変わるように、嗜好品であるコーヒーも時々で飲みたい味は変わります。さらに言えば、自分では合わないと思う服も、細部を少し変えるとフィットしたり、スーツを着ると背筋が伸びる感覚があったり、着ることで気持ちが変わることもある。同じように、その人に似合うコーヒーも十人十色。自分が経験したように、思いがけない未知のコーヒーとの出合いも提案できれば」

店名のABOUT USが指すのは、生産者も含めたコーヒーに関わる全ての人々、そして、店を訪れる人々。多様なコーヒーがもたらす幸せに、多様な“US(私たち)”が出会う場こそ、澤野井さんが目指す店の姿だ。「尊敬するラッパー・KREVAの『H.A.P.P.Y.』という曲に“やっぱ大切なのは気の持ちよう”というフレーズがあって、まさに飲む方の気持ちの変化からハッピーは生まれる。Wish your happiness bloom…, with a cup of bliss.(至福の一杯とともに、あなたに幸せが訪れますように…)という店のモットーは、その思いを込めています」

水と氷を入れたグラスにエスプレッソを注ぐ、アイスアメリカーノ550円。凝縮した香気が華やかに広がる


コーヒー界の先達への敬意を胸に新たなステージへ

2号店の出店を控え、店の規模が大きくなるのに合わせて、今後2年で焙煎量を月間1トンを目指す

コロナ禍により一時は苦しい時期もあったが、オンラインショップの開設や、YouTuber・カズマックスとのコラボ豆の開発など、試行錯誤を重ねて乗り越えてきた澤野井さん。一方で、師匠・上野さんが毎月主催する焙煎の勉強会に欠かさず参加。日本の焙煎技術の最高峰を決める競技会、JCRC(Japan Coffee Roasting Championship)優勝者も輩出する勉強会は、澤野井さんにとって大いに刺激を受ける場であり、自身も先々の大会出場を目指して腕を磨いている。

自らの技術に研鑽を重ね、2022年1月、世界一のシングルオリジンコーヒーを発掘する焙煎の競技会「COFFEE COLLECTION WORLD DISCOVER」にて優勝。その時に選んだ豆は、奇しくもコーヒーの世界に足を踏み入れるきっかけとなった、エチオピアだった。

「今年で4回目になりますが、今回から海外からも参加者が出場するようになり、期せずして初代の世界チャンピオンになりました。ちょうど卸を始めたタイミングでもあり、卸先も一気に広がりました。今年は2号店を出店予定ですが、業界で知名度もなかった1号店の立ち上げとは違い、競技会での優勝経験を含めて店の存在感が確立できたこともあり、次はコーヒーを前面に打ち出した店にしたい」と澤野井さん。店のスケールアップに伴い新たに大型焙煎機も導入し、今後は焙煎量をさらに増やしていくのが目標だという。

「自分で立ち上げたブランドを成長させる過程が楽しい」という澤野井さん


開店から3年、大会での優勝も経験した今、改めて気付いたことがある。「ここまで店を続けられたのも、草創期からスペシャルティコーヒーのファンを広げてくれた、先達がいたからこそと思うようになりました。この店ができる前からコーヒーが好きだった方々が、ABOUT US COFFEEのコーヒーにたどり着いてくれたということ。そんな先達に改めて敬意を払うとともに、これからコーヒーの仕事を志す方にも、同じように思ってもらえる店ならないと」と、以前にも増して、真摯にコーヒーに向き合う澤野井さん。

「やっぱりドリップコーヒーの注文が入ると嬉しい。淹れている時に、自分はコーヒー屋だなという気持ちになる」。コーヒーを淹れながら、ふと漏らした一言に、柔和な物腰に秘めた職人気質が垣間見える。今年、新たな店作りに邁進する澤野井さんの、次なるステージでの活躍を楽しみにしたい。

澤野井さんレコメンドのコーヒーショップは「aoma coffee」

次回、紹介するのは大阪市の「aoma coffee」。
「店主の青野さんは、関西でいち早く、浅煎りのスペシャルティコーヒーを打ち出した草分け的な存在。独自の味作りと提案のスタイルで、ファンを広げた尊敬すべき先輩です。店の方向性は違いますが焙煎に対する考え方に共感し、折々に店を訪ねて情報交換させてもらっています」(澤野井さん)

【ABOUT US COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/Diedrich IR2.5 2.5キロ(半熱風式)、富士珈機 DISCOVERY
●抽出/ハンドドリップ(ハリオV60)、エスプレッソマシン(SANREMOカフェレーサー)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり(500円~)
●豆の販売/シングルオリジン5~6種、ブレンド2種、100グラム900円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治


※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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