コーヒーで旅する日本/関西編|飽くなき探求の先に、常に“思考の余白”を残す。しなやかにコーヒーの可能性を広げる「STYLE COFFEE」
関西ウォーカー
コーヒーの風味を“伸ばす“、口当たりの心地よさ

まさにコーヒー漬けともいうべき充実した日々の中で、新たな転機をもたらしたのは、本連載にも登場したWEEKENDERS COFFEEの店主・金子さんだった。共通の知人を通じた交流の場で、メルボルンを訪れた金子さんと黒須さんが出会ったのは、帰国が近づいてきた頃。折しも新たなロースタリーの開店を考えていた金子さんから誘いを受け、帰国後は埼玉から京都に移り、WEEKENDERS COFFEEのスタッフとして焙煎に携わる機会を得た。「本格的に焙煎機を使うのはこの時が初めてでしたが、実はメルボルンにいる時に、トシさんに焙煎の話を聞いたりして、自分でもポップコーンのマシンを使って焙煎を始めていました。簡易な機械でしたが、途中で豆を混ぜたり、蓋を開け閉めしたりしながら、焙煎の基本的な原理を理解するのに役立ちました」
実際に焙煎機に触れ、豆を焼く経験は、黒須さんにとって貴重なものだった。ただ2年ほど続けていくうちに、ある思いが頭をもたげてくる。「アシスタントや店のスタッフとしては、ミスなく焙煎することが仕事ですが、本当にコーヒーの味作りを追求しようと思ったら、自分で生豆を買って、たくさん失敗を重ねないと身に付かないのではと感じたんです。自らリスクを負ってこそ、緊張感も生まれ、スキルも伸びていくものではないかと」。ならば、自分が店主として独立するしかない。その意志が、「STYLE COFFEE」開店の原動力となった。

黒須さんが目指すコーヒーの味作りにおいて、最も重視するのはマウスフィールと呼ばれる、口当たりの心地よさ。「液体がスムースに口に含まれることで、コーヒーの甘味や香りが、より“伸びていく“感覚を表現したい」という黒須さん。論より証拠、ひと口含めば、するんと滑らかな舌触りと共に、ふっくらと膨らむ香味と果実味が横溢。酸はあくまで穏やかで、文字通り、伸びやかなフレーバーの広がりと、じんわりと甘い余韻が印象的だ。さらに、アイスコーヒーなら、温度が下がることで透明感とみずみずしさが増し、後味の甘味はいっそう爽やかに。この味わいの秘訣は、独自の冷やし方にある。コーヒーを氷で直接冷やさず、サーバーを氷水に浸けて12度まで急冷する、手間ひまの賜物だ。

「一般的に、ホットコーヒーの抽出では、粉の量や湯の温度まで細かく数値を決めることが多いですが。アイスになるととたんにアバウトになるのが以前から気になっていて。アイスコーヒーを作る時は、濃度をコントロールにすると共に、ぬるくなる過程で香りが広がるようなイメージで提供しています」と黒須さん。当初は基本、氷なしで提供、さらには、渋みを抑えるために、抽出した最初の液体は別に取って置き、急冷後に戻すという工程もあったというから恐れ入る。子細に聞けば、オリジナルの蕎麦猪口は、口当たりの良さを生かすべく、縁の薄さや釉薬のかかり方まで特注。カフェラテなら、どこから飲んでも同じ味になるよう、ミルクの模様は真ん中に円形を描く。ほぼドリンクのみのシンプルなメニューに秘められた探求の深みこそ、この店の真骨頂だ。
探求を深化しながら“思考の余白”を残す

開店当初は、焙煎の試行錯誤に苦心したが、今ではプロファイルも安定し、イメージする味を再現できるようになってきたという黒須さん。とはいえ、店を続ける中で、ここで満足することへの危惧も感じている。「最近は、焙煎のアプローチを決めすぎてしまっている気がしていて。イメージするゴールまで最短距離を求めることで、失敗の数が減った代わりに、他のより良いやり方を見逃してるんじゃないかと。このまま現状に満足せず、常にいろいろ試していくことが必要だと、改めて感じています」
渡豪前や前職時代にも抱いた飽くなき向上心と好奇心を、今なお失わない黒須さんが、最近の心境の変化に気付いたエピソードがある。「ある時、豆を卸している東京のレストランから、“焙煎豆を薪の火で追い焼きしてみたらおいしかった”という知らせがあったんです。以前なら、“せっかくベストな状態に焼いた豆を、なぜ?”と思いましたが、今は気持ちに余白ができて、“もしかしたら、薪の薫香を豆に付けられるかもしれない”と思いついて。その後は、追い焼きすることを考えて少し浅めに焙煎して送るようにしました」

最近では、懇意の店主と共に、同じ豆を使って各々の抽出による味の違いの飲み比べや、パティシエとコラボした菓子とコーヒーのペアリングなどの、イベントやワークショップを開催。多くの人と体験をシェアし、多種多様な反応をフィードバックする機会を増やし、懐深さや柔軟性を持ってコーヒーと向き合う。「開店当初から専門性を追求し、常に一定の答えを用意してきましたが、実際にはお客さんの反応はさまざま。さまざまな印象や感覚がある方がポジティブですし、日々、思わぬ差異や発見があったりするので、見えない部分ではぐっと探求して、表向きはポジティブな意味で“まとまらない”方が、店として面白い。コロナ禍で中断しているパブリックカッピングも、こういう時だからこそやるべきで、コーヒーへの先入観を除いて楽しんでもらう方法を模索しています」
そもそもコーヒーは嗜好品、正解は一つではない。常に可能性を失わず、探求し続けられることは、コーヒー店主ならではの醍醐味でもある。「完璧なものを作り出すのではなく、自分やお客さん、あらゆる人に対して“余白”を残すことで、コーヒーのことを考える機会を作る。店の名前には、そんな意味を込めています」。黒須さんが目指す「STYLE」は、これからも深化しながら、しなやかに変化し続けていく。

黒須さんレコメンドのコーヒーショップは「YARD Coffee & Craft Chocolate」
次回、紹介するのは、大阪市天王寺区の「YARD Coffee & Craft Chocolate」。
「店主の中谷さんは、東京のGLITCH COFFEEでバリスタを務めていた時に知り合って以来、交流が続いています。大阪の人気パティスリー・なかたに亭がご実家で、スイーツのセンスは抜群。洗練された店ですが、街に溶け込んで、地元の支持を得ています。同世代で、開業時期も近く話やすい間柄で、何より謙虚な人柄が素敵。近々、自家焙煎をスタートされる予定で、これからさらに面白くなりそうな、注目の一軒です」(黒須さん)
【STYLE COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/ローリング スマートロースター 7キロ(完全熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(シネッソ)
●焙煎度合い/浅煎り~中深煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/シングルオリジン6~7種、150グラム1250円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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