コーヒーで旅する日本/東海編|作為性をなくした「ええ加減」なコーヒーを目指す。「珈琲ボタン」

東海ウォーカー

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営業しながら理想的なスタイルを模索

おいしいコーヒーでホッと安らぐ時間を大切にしている

大前さんがコーヒーにハマったきっかけは、高校時代に飲んだ一杯のコーヒー。「先生がハンドドリップでコーヒーを淹れてくれて、『おいしい』と思ったんです。それから自分でも淹れるようになって、友人にも振る舞うようになって。『おいしいね』と言ってもらえることがうれしかったです。それからだんだんと焙煎もやりたくなり、手網焙煎を始めました。抽出は焙煎された豆の持ち味を引き出す作業ですが、焙煎はその前段階での味作りにアプローチすることができるので『めちゃくちゃ世界が広がるな』と思いました」

抽出も焙煎もほぼ独学で、コーヒーと向き合ってきた

そして、会社勤めをするうちに「自分の好きなことを仕事にしたい」という思いを強くした大前さん。飲食業の経験もなかったため、まずは働ける場所を探していたところ、たまたま知人から「カフェを閉店するから、その後に店をやってみない?」と話を持ちかけられた。「せっかくのチャンスなので、夫婦でやってみようと決めました」と大前さん。「最初は、元々のカフェと同じ営業スタイルを引き継いで、モーニングもランチもやっていたんです。毎日休む間もなく、めちゃくちゃ忙しかったですね。やがて、ただこなすだけの日々に『ちょっと違う』と違和感を持つようになりました。そこで、思い切ってランチを週末だけにしてみました。そして、モーニングをやめ、週末のランチもやめました。営業形態を変更するたびに、来なくなった人はたくさんいます。でも、残ってくれる人がいて、新しく通ってくれる人もできました。最終的には、コーヒーがおいしいと思ってくれる人、ケーキがおいしいと思ってくれる人が残ってくれて、自分たちのやりたい営業スタイルに少しずつ整えていくことができました」と、和恵さんがこれまでの日々を振り返る。営業に余裕ができたことで、コーヒーに向き合う時間も生まれた。

「豆がどうしてほしいのか」を考える

豆の状態を注意深く観察することが大切

「珈琲ボタン」の豆はすべて、神戸の「マツモトコーヒー」から仕入れている。「たまたま雑誌で見て電話をしてみたら、『まずは一度現場にお越しください』と言われたので夫婦2人で神戸まで行ったんです。そこでいろいろと話をして、ただ商品を売るだけじゃない、継続的にお付き合いをしていこうという姿勢にすごく好感を持ちました。焙煎で困ったことがあれば相談したり、自分が焼いた豆を持参してアドバイスをもらったり、と親身になっていただいています」と大前さん。リクエストする豆のラインナップは基本的に同じにしているので、「こういうイメージの豆がほしい」という大前さんの要望を理解して適切な豆を薦めてくれる。この心地いい信頼関係は、単なる商売上の付き合いに留まらない、人と人のつながりがあればこそだ。

【写真】豆の焼ける香ばしさは直火式ならではの魅力

そうして仕入れた生豆は、元々のカフェから受け継いだカリタのナナハン焙煎機を使って毎日焙煎している。「1キロ釜なので少しずつしか焼けませんし、焙煎がブレやすい点は注意が必要ですが、つねに新鮮な豆を販売できるのはメリットです。販売用の豆は、焼いてから1週間以内のものを用意するようにしています」

カフェ・ラテ(550円)には、深煎りの「ボンブレンド」を使用

コーヒーメニューはエスプレッソ系とドリップコーヒーがあり、エスプレッソマシンも元々のカフェから受け継いだマシンを使用。ドリップはフラワードリッパーを使って抽出する。「創業当初は松屋式ドリップで抽出していたのですが、家庭での再現が難しいので、ドリッパーを購入するだけで家庭でも再現しやすいフラワードリッパーでの抽出にしました」。最初にしっかりと豆を蒸らしてから濃いうま味を引き出し、雑味やえぐみの出やすい抽出の後半をカットする松屋式ドリップは、一般的なハンドドリップと異なる手順が多い。焙煎度合いの深い「珈琲ボタン」の豆には合っているが、なるべく一般家庭と同じ状況で抽出できるようにと考えた結果、フラワードリッパーに変更した。「一般的なハンドドリップの手順でも、ドリッパーによって味の違いが出てきます。フラワードリッパーはコーヒーの旨味、甘味、苦味、酸味などをバランスよく抽出できるイメージですね」

豆は基本的に粗挽きだが、焙煎度合いなどによって調整する

そして、「焙煎と抽出はつながっている」と話す大前さんが最も大切にしているのは、コーヒーに対して「ええ加減」に向き合うこと。具体例を挙げるならば、味わいの弱いコーヒー豆が目の前にある時、いつもよりもお湯の温度を高くしたり、粉を細かくしたりといった調整をする、つまり、その時々の豆の調子に合わせるということだ。これは、「家庭料理は民芸だ」という料理家・土井善晴さんの考え方に影響を受けている。民芸とは民衆の生活から生まれた工芸品であり、その生活に寄り添う形へと洗練されていった。

「ええ加減論」は大前さんのバイブルの一つ

「『こうしよう』『ああしよう』という個人のこだわりや作為性をなくしていった先に『民芸』というものの在り様があり、土井善晴さんはこれを『ええ加減』という言葉で表現しました。この考え方は、コーヒーにも応用できると思うのです。『こういう味にしよう』という自己表現の手段ではなく、目の前にある豆がどうしてほしいのかを考え、豆に寄り添う焙煎や抽出を目指すことが、おいしいコーヒーにつながるのだと思っています」

淹れたてのコーヒーをいただくと、深煎りならではのしっかりとしたコクと苦味を感じつつも、軽やかな飲み心地。この絶妙なバランスは、「こういう風に焙煎・抽出してほしい」という豆の声に、大前さんが確かに応えた証なのかもしれない。

大前さんレコメンドのコーヒーショップは「コクウ珈琲」

「私のコーヒー人生において、岐阜県美濃加茂市にある『コクウ珈琲』はとても大きな存在。店の雰囲気やコーヒーの味はもちろん大好きですし、何より、渋くてカッコイイ店主の篠田さんに憧れています(笑)。コーヒーへの向き合い方に加え、作家性のない真っ白なカップを使っているところなどにも民芸的な美しさを感じます」(大前さん)


【珈琲ボタンのコーヒーデータ】
●焙煎機/カリタ ナナハン焙煎機直火式1キロ
●抽出/ハンドドリップ(CAFECフラワードリッパー)、エスプレッソマシン(エレクトラ Barlume 2)
●焙煎度合い/中浅煎り~深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム700円~

取材・文=大川真由美
撮影=古川寛二


※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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