コーヒーで旅する日本/関西編|お客本位の姿勢はそのままにコーヒーの質を追求。「Coffee Temple」が示す、進化した喫茶店の形
関西ウォーカー
コーヒーの新たな波とお客の嗜好の狭間で

その間、店の仕事も、店長的な仕事に加えて、焙煎にも携わるようになった田和さん。とはいえ、コーヒーシーンの大きな変化に流されていた部分もあったという田和さん。「スペシャルティコーヒーが急速に広まって、一時は“これが今の正しいコーヒー”という思い込みもありました。業界でベテランと呼ばれる方も感化されたほど、影響は大きかったですね。この頃は、良質な酸味を楽しんでほしいとの思いを持って、新しいコーヒーの醍醐味を伝えようという思いが強かった」。店内の一角に豆の販売スペースを作ったり、ブレンドの焙煎度を浅くしたり、といった試みはその表れだったが、お客の反応は芳しいものではなかった。「そもそも、“おいしいコーヒーを飲みにいこう”という店ではないから、いい豆を仕入れても、やっぱりみんなブレンドを買っていく。そのブレンドも、焙煎度が浅めになっていって、卸先から酸っぱいと言われることもありました」と振り返る。

スペシャルティコーヒーとの出会いをきっかけに、店のコーヒーを変えようと取り組んだが、ここにはあくまで街の喫茶店という、代えがたい芯がある。店の方向性とお客の嗜好のギャップをいかに近づけるか、その難しさを感じた。とはいえ、豆の質へのこだわりは、このときに始まったことではなく、実は先代の頃から続いてきたことだ。「父は、原料はいいものを使うと決めて、スペシャルティコーヒーと呼ばれる以前の、グルメコーヒーやプレミアムコーヒーと呼ばれる質の高い豆を吟味していました。だから、巷でスペシャルティの呼び名が広まったときも、ここでは原料の質は変わらなかった。むしろ、2003年頃からCOEの豆を扱っていて、当時としては早かったと思います。ただ、このときも、良さがわからないままで、提案の仕方も分からなく、3年後には買わなくなっていた。今思えばもったいない話ですね」

「Coffee Temple」では、1985年から自家焙煎を始め、阪神・淡路大震災によって店を移転したと同時に、須磨区に焙煎所を立ち上げた。見方によっては、スペシャルティコーヒーのロースタリーカフェとして先駆けた存在でもあった。現在、メニューには、田和さんがセレクトした豆を幅広く揃えているのだが、ほとんどは、座るなりブレンドを注文するお客が占める。お客の回転の速さゆえ、1杯立てでは追いつかないため、今も抽出はネルドリップ10杯立てが基本だ。ピークタイムの15時までは、コーヒーはテンプルブレンド1本に絞っている。15時以降は、シングルオリジン含めて、サイフォンの1杯立てで提供するが、その理由も「サイフォンがいいのは熱々で出せるから。ハンドドリップは抽出温度が低くなり、お客さんにぬるいと言われることがあるので」と田和さん。質にはこだわりつつも、あくまでお客本位がこの店のモットーなのだ。
お客本位をモットーに、長く愛される街の喫茶店に

競技会で培ったハンドドリップの技術や、多彩な豆の品揃えが生かされないのは、一見、もったいないように思える。それでも、「店としては、カップがおいしければそれでいい、というスタンス。店を出る時に、“なんかコーヒーが旨かったな”、と思ってもらえればそれでいい」と田和さん。特段、スペシャルティを打ち出すわけでもなく、看板のテンプルブレンドや極深煎りのアイスコーヒーといった定番に注力する。

もちろん、今のコーヒー事情をよく知る田和さんだけに、葛藤もあった。同業者からは、“スペシャルティの豆をそんなに深焼きにするの?”と言われたこともあった。それでも、「クリーンカップであることは明らかで。甘味の広がり方などはスペシャルティならではのもの。ただ、自分たちが“これがいい”と思っていても、お客さんに無理強いするのは違うと思うんです。コーヒーの勉強をしてきたけど、店が続いていくことが何より大事ですから」。街の喫茶店へのニーズとコーヒーの質の劇的な変化、その間で模索を続けた「Coffee Temple」のスタイルは、決して妥協の産物ではなく、両者の共存の形を体現している。

その中にあって、2018年、白川の焙煎所を改装して、新たに「Temple Coffee Roaster」としてリニューアルオープン。豆の販売専門店としてスタートした。「喫茶店の併設ではなく、単独で豆の販売をしたかった。コロナ禍もあって、家庭で豆を使うことも増えたし。作り手としては、もっといろんな豆を売りたいという思いはある。今までに蓄積した経験が、ようやく生かされる場所ができました」と田和さん。スペシャルティグレードの豆を扱っているが、フレーバーやスペックの表記は書かないというあたりに、テンプルイズムが生きている。「記すのは産地と焙煎度くらい。フレーバーを書くとそれに引っ張られる。先入観の影響は大きい。こういう情報はお客さんにとって余計なものだと思うので」

それは、店で飲むときも同じこと。元よりコーヒーの味作りに手を抜くことなどなく、素材や焙煎に洗練を重ねてきたが、お客にとっては一番重要なことではない。むしろ街のコミュニティとして、場所、時間を共有することが喫茶店の本領だ。「家業を継ごうと思ったのは、この店の名前を残したいという思いが一番強い。といっても全国的にとかでなく、神戸という街の喫茶店としてあり続けたい」。衒いのない姿勢に、街の喫茶店の矜持が伝わる。

田和さんレコメンドのコーヒーショップは「辻本珈琲」
次回、紹介するのは、大阪府和泉市の「辻本珈琲」。
「元々は日本茶茶舗から転身されたユニークなコーヒー店です。店主の辻本さんとは、一緒にブラジルのコーヒー農園視察に行ったのが縁で、今ではSCAJの委員会でも一緒に活動しています。最初は委託焙煎のドリップバッグの販売から始まって、自家焙煎のコーヒーショップとして開店されたという、一般的なコーヒー屋さんとは異なるアプローチがおもしろい一軒です」(田和さん)
【Coffee Templeのコーヒーデータ】
●焙煎機/プロバット 12キロ(半熱風式)
●抽出/ネルドリップ、サイフォン
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(480円~)
●豆の販売/ブレンド6種、シングルオリジン12種、200グラム1100円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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