コーヒーで旅する日本/関西編|エルサルバドルとの縁をきっかけに、「COYOTE」が伝えるコーヒー生産地のリアル
東京ウォーカー(全国版)
店の始まりは、現地から届いた8トンの生豆

収穫からプロセスの全工程を見ていることで、コーヒーの風味への影響を遡って考えられる。まさに、From seed to cupを地で行く体験は、“中の人”として活動を通してこそ得られるもの。さらに、その時に感じた気づきは、日本にいては分からないものだった。「エルサルバドルは品種・プロセスのバラエティは少ないですが、小さいながら品質本位のスタンスで、豆のクオリティのベースラインが高いのが特徴。普通に作ればカッピングスコア80点が取れるというのは、ある意味ですごいこと。スペシャルティコーヒーでは81,2点のスコアは微妙な判断になりますが、世界的に見て十分良いコーヒーであることは間違いない。企業レベルで見れば、コーヒー卸業者は、そうした豆のコストを下げてブレンドなどに加工することが主になるので、生産者としてはそのボリュームを広げるのが大事。スペシャルティと言えば希少な豆に注目が集まりがちですが、生産者目線で見れば、“普通の豆”をたくさん買ってもらえるのが一番いいことなんです」
とはいえ、小規模農家が多く、収穫ロットが少ないがために、80~81点のスペシャルティグレードの豆がコモディティとして売られることもある。そこで、門川さんたちは、輸出のロットを大きくするために、チャラテナンゴ地区の20~30の農家が集まる生産者組合・ACOPACA(アコパカ)の立ち上げに注力。「農家1軒の生産量が少ないから、組合員の豆をカッピングして、スペシャルティコーヒーとして良いものはシングルロットに、それ以下のロースペシャルティと呼ばれる豆は、組合全体で集めてロットのボリュームを作る」と、現地の人々と共に産地の輸出振興に尽力してきた。

ところが、好事魔多し。軌道に乗りかけてきたところで、コロナ禍が到来し、門川さんも予定任期よりも早い段階で、帰国を余儀なくされた。この時、日本でコーヒー豆の販売を始めようと、ロックダウンの影響により現地で余った豆を買いつけていった門川さん。その量、なんと8トン。実は「COYOTE」のスタートは、膨大な量の生豆が日本に到着したところから始まった。「まだ店の形も屋号もない状態で、8トンもの豆をどう使うか。日本に販路があれば助かるということで、まず、この豆をいかに流通させるかが大前提にありました。幸い評価してくれる方がいっぱいいて、その年のうちに使いきれましたが」と苦笑する門川さん。それでも、翌年からは12、18、23トンと、コンテナ一杯分にまで仕入れる豆は増えていった。
これほどの量を動かすのは、生産・流通の現場をつぶさに見てきたから。「生産国の事情が見えると、豆の売り方も変わります。“普通の豆”のゾーンをより多く動かしたいと考えると、ロースターとしてはデイリーなコーヒーが柱になります。お客さんとしてはおいしくて買いやすい、いい意味で個性が強すぎないものがいいはず。小川珈琲時代、コモディティの豆を扱っていた経験も大きいかもしれません。スコアに多少差はあれど、いかにスペシャルティコーヒーがおいしいか、そのありがたみを実感していますから。さらに産地の大変さも知っているから余計に、“普通のスペシャルティ”を売ることが大事と感じます」

インポーターから産地のエクスポーターに

店頭に並ぶ豆はもちろんエルサルバドルのみだが、「特に専門とは謳ってないですが、1つの産地でも店として困ることはないですね」と言う通り、現地で立ち上げた生産者組合・ACOPACAと、そのメンバーの手による豆が幅広く揃う。中でも、多くを占める品種がパカマラ種。エルサルバドルで見つかったブルボンの突然変異・パカスとマラゴジッペとの掛け合わせで生まれたパカマラは、いまやスペシャルティコーヒーの中でも高い評価を得る品種の一つだ。
「エルサルバドルは内戦の影響でコーヒーの改良が進まなかったぶん、逆に固有の味わいを持つピュアなブルボン種を残すことになった。パカマラの元になったパカスの発見は、エルサルバドルの大きな功績です」と門川さん。定番のアコパカ・ウォッシュド・パカマラは、みかんのような穏やかで柔らかい柑橘系の酸が、じんわりと染みこむ感じが心地よい、門川さんによれば「全体として突出した特徴がないのが特徴。その分、飲み飽きない、普段飲みに適した飲み心地のよさがあります。中米の日本とも呼ばれるほど、勤勉な国民性。実直な土地柄がコーヒーにも出ていると思います」との言葉にも大いに頷ける。
現地で生産、輸出に関わり、インポーターとして開店するという、コーヒーショップとして今までにないスタイルを実現した「COYOTE」。今では関西を中心に、卸先もさらに広がりつつある。「いい形にはなってきていますが、もっと飲みやすい選択肢として深めの焙煎も増やそうかと思っています。今は生産者の顔を打ち出しているが、自己満足の部分もあるので。小売店としてブランドを理解してもらい、お客さんの好みにもっと寄り添えればと思う」。スペシャルティコーヒーの理念でもある、豆の販売・購入を通して持続可能な産地への貢献を体現しているが、産地の現状を知る門川さんにとっては違和感があるという。

「ACOPACAのリーダー・ラウルさんが、“似たようなことをしているのに、コーヒー生産者は貧しいと思われるけど、ワイン生産者は裕福と思われている。その差は埋めていかないといけない”と言ったのが印象に残っていて。日本ではなかなか目が行かないですが、実は農園や地域によって経済状況が違うのに、一概にコーヒー生産者=貧しいというイメージが強すぎるように感じます。もっと生産者の地位を把握すると共に、本来は僕らロースターやバリスタの方が末端にいる、ということを自覚するのも大事だと思います」。実はCOYOTEというスラングは、現地で中間搾取・ピンハネ業者を指すネガティブワードだそうだが、あえてこの名を付けたのは、「うちは、そんな風にはならない」という、皮肉を込めた自戒の現われでもある。
リアルな生産者目線を持ち続ける門川さんは、2023年春に再びエルサルバドルを訪れた際に、現地のコーヒー輸出会社の役員に就任。「もはやインポーターですらなくなって、現地人になりました(笑)。これで、本当に他の国の豆は使えなくなって、いわば国のアンテナショップ。そういう立場になったのは前例がないから、分からんことだらけ。正解がないから悩みっぱなし」と笑顔を見せる。また2024年には、エルサルバドルにも「COYOTE」を出店する予定があるとか。エクスポーターとして、海外から日本のコーヒーシーンに関わるロースターとなった関西では唯一の存在。今後は、さらに産地で過ごす時間が増えそうだという。
「先々は現地をアテンドする環境を整えたい。四国くらいの面積で、首都から日帰りで農園にもいけるので、日本のロースターやバリスタに参加してほしい。特にニュークロップ(当年度に収穫されたコーヒー豆)の豆は、輸送がないぶん鮮度が段違い。漁港で食べる魚がおいしいのと同じで、現地で飲むと感動すると思います。実際に産地のことを分かってもらって、納得して買ってもらえる方が増えたら嬉しいですね」

門川さんレコメンドのコーヒーショップは「MATSUBARA COFFEE」
次回、紹介するのは、滋賀県大津市の「MATSUBARA COFFEE」。
「店主の松原さん、通称バラさんは、うちのご近所にあるWEEKENDERS COFFEEに勤めていた時からの知り合い。2022年に独立して、オープンしたばかりの新しいロースターです。琵琶湖畔の浜大津港にある、ご実家のボート場を改装した店は、他にない開放的なロケーションが魅力。COYOTEのコーヒーも楽しめますよ」(門川さん)
【COYOTEのコーヒーデータ】
●焙煎機/アイリオ 5キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(マーナドリッパー)、エスプレッソマシン(アスカソ)
●焙煎度合い/浅~中深煎り
●テイクアウト/ あり(550円~)
●豆の販売/シングルオリジン5~6種、100グラム850円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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