阪神・淡路大震災を振り返る。記憶しておきたい1995年当時の神戸の姿

2019年12月5日 21:50更新

関西ウォーカー

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1995(平成7)年1月17日5時46分に淡路島北部を震源として発生した阪神・淡路大震災は日本で初めての、近代的な大都市における直下型地震だった。マグニチュード7.3の揺れで神戸市内から阪神間にかけて未曾有の被害をもたらし、人々の生活や産業、都市機能にいたるまで甚大な被害を受けた。

あれから25年、悲しみが癒えることはないが、まちは都市機能を取り戻して現在にいたる。神戸には今後も注目の施設が続々と誕生していく。その新たな歩みに期待しつつ、この震災のことを記憶にとどめておくことも必要だと考え、関西ウォーカーで本特集を企画した。<※情報は関西ウォーカー(2019年26号)より>

記憶しておきたい当時のまちの姿


25年の歳月を経て、まちの中から震災時の記憶が薄れていこうとしている。しかし忘れてはいけない、語り継いでいきたい。その記憶の一部を紹介する。

阪急会館(中央区加納町)。1995年1月25日撮影


1936年に完成した神戸阪急ビル(阪急会館)には当時、阪急三宮駅、阪急百貨店三宮店をはじめ、映画館などが入り、市民に愛されていた。震災では5階が崩壊したほか、各フロアも建物全体に亀裂が生じ、震災翌月に解体。2021年に復活予定。

そごう神戸店(中央区小野柄通) ※現在は神戸阪急。1995年11月15日撮影


崩壊したそごう神戸店本館中央部分を撤去、「世界の人形時計」を設置するなどし、1996年4月28日に復興をとげた。

【写真を見る】大きく崩壊した三宮センター街(中央区三宮町)。1995年1月18日撮影


三宮センター街は、1丁目のアーケードが大きく崩壊し、震災後撤去された。現在の開閉式アーケードは1998年に完成。

栄光教会(中央区下山手通)。1995年1月17日撮影


栄光教会は赤レンガの会堂が崩壊。2004年に新たな会堂が再建された。毎年地震発生時とその正午には鐘が鳴る。

王子公園(灘区王子町)。1995年2月9日撮影


王子公園は、震災後には救援物資の集積場所となり、陸上自衛隊が大型ヘリコプターで物資を運搬。動物園は大きな被害を免れた。

国際会館(中央区御幸通)。1995年1月21日撮影


旧国際会館が全壊し、1999年5月に現在の姿に再建。最上部には震災復興のシンボル「神戸キャンドル」がある。

JR六甲道駅(灘区永手町)。1995年1月17日撮影


JR六甲道駅は、線路と共に駅のコンコースが崩落。3月10日から復旧工事が始まり、4月1日に運転が再開された。

JR六甲道駅(灘区永手町)。1995年1月17日撮影


神戸市役所では、水道局などが置かれていた2号館の6階部分が崩壊。5階以上が撤去され、1996年から5階建ての庁舎として再開した。

被害の状態が保存されている公園


神戸港震災メモリアルパークでは、震災で崩壊したメリケン波止場の岸壁約60mが、そのままの状態でメリケンパーク東側に保存されている。メリケン波止場の震災から復興までを記録した写真や映像コーナーもある。

震災直後のメリケン波止場。1995年撮影


地震のすごさを物語る、貴重な遺構/神戸港震災メモリアルパーク


ひび割れた岸壁や傾いた街灯などがそのまま残されていて、周りの歩道から、被害状況を目のあたりにできる。

■神戸港震災メモリアルパーク<住所:兵庫県神戸市中央区波止場町2 電話:078-321-0085(神戸港“U”パークマネジメント共同事業体) 時間:自由 ※映像は9:00~22:30 休み:なし 料金:無料 アクセス:地下鉄みなと元町駅より徒歩10分>

【阪神・淡路大震災の被害】人的被害:死者6402人、行方不明者3人、負傷者数4万92人 住宅被害:全壊10万4004棟、半壊13万6952棟、一部損壊29万7811棟 火災件数:建物236件、車両9件ほか 公共施設等被害:文教施設1079か所、道路5577か所、橋りょう322か所、河川763か所、崖崩れ335か所ほか ※出典/兵庫県庁発表「阪神・淡路大震災の被害確定について(平成18年5月19日消防庁確定)」

※本記事の当時の写真は神戸市のアーカイブより

編集部

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