スタートアップ企業がラグジュアリーブランドを目指す理由は?日本酒業界にイノベーションを!SAKE HUNDREDの挑戦

東京ウォーカー(全国版)

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「本家から見たらへそで茶を沸かすようなことだと思っていると思います。スタートアップ企業がラグジュアリーブランドを目指すって」と話すのは株式会社Clearの代表取締役CEO兼SAKE HUNDREDブランドオーナーの生駒龍史さん。Clearは2013年に設立、日本酒に特化して事業展開を行なうスタートアップ企業で、日本酒ブランド「SAKE HUNDRED(サケハンドレッド)」を運営している。SAKE HUNDREDのフラッグシップである「百光(びゃっこう)」は雑味のないクリアな味わいと上品な香りでファンが多く、3万8500円という価格ながらも抽選販売では2年連続で完売。日本酒ブランドとしての地位を高め続けている。SAKE HUNDREDでどんな日本酒の未来を描くことを目指しているのか話を聞いた。

日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を運営する株式会社Clearの代表取締役CEO兼SAKE HUNDREDブランドオーナーの生駒龍史さん。酒蔵の廃業、出荷量の減少がある日本酒業界でいかに新しい未来を作り上げていくか奮闘中【撮影=三佐和隆士】


日本酒業界の生き残りには薄利多売からの脱却が必要

日本酒事業を展開する生駒さんだが、実はお酒にはそこまで強くない。日本酒に対しても若い頃は「アルコール度数が強い危険な飲み物」というネガティブな印象があった。しかし、25歳の時に熊本県酒造研究所が造る「香露」という日本酒に出合い、そのおいしさに感動したことをきっかけに日本酒業界に飛び込むことになる。日本酒のサブスク事業を経て、日本酒専門メディア「SAKETIMES(サケタイムズ)」を立ち上げた。

「SAKETIMESの設立当時は日本酒メディアという言葉が酒蔵の方々にはなじみがなさすぎて取材を受けてもらえなかったり、日本酒を作ったこともない東京出身の若造が日本酒のことを書くなんてけしからんと拒絶されたりと苦労が多かったですね。加えて、酒蔵には営業販促費は持っていたとしても広告費はないということが多くて、予算の枠がないから受けられませんと言われるということもありました。しかも、記事を1本書けば、記事にかけた金額の倍、売り上げが伸びるかといったらそんな単純な話ではないんですよね。メディアにできることって認知を広げていくことで、そこからいくつかのファネルを経て購入にいたるわけですから。メディアを受け入れてもらう努力、記事広告を書く意味を伝えていく努力、この2つがとても大変でした」

足繁く酒蔵に通い取材をしていく中で、日本酒の個性の奥深さや多様性に感銘を受けて、どんどん日本酒の世界にのめり込んでいったそう。同時に、「こんなに素晴らしいものを作っているのに、みんな異口同音にあまりうまくいっていないという。こだわりのお酒なのに経済的にうまくいっていない、そのギャップに気づいた」という。

「日本酒出荷量は1973年にピークを迎えて以降、52年間右肩下がりになっています。健康志向の高まりもあって、たくさんお酒を飲むというムードもなくなっていますよね。それにもかかわらず、たくさん飲んでもらって初めて成り立つビジネスモデルのままで、廃業する酒蔵も多いという状況でした。ならば、飲む量が4分の1になっても、4倍の値段で買ってもらえる価値を作り出せれば、日本酒業界の未来につながるんじゃないか。僕の大好きな日本酒が未来に向けて広がっていくためには単価を上げていくということが一つのソリューションになっていくと考えました」

2018年に誕生した「SAKE100」。ブランド名やボトルデザインなどは現在と異なっている【写真提供=株式会社Clear】

そこで2018年、日本酒ブランド「SAKE100」を立ち上げ、信頼のおける酒蔵を醸造パートナーとして迎え、それまでにはなかった高価格帯の日本酒を売り出すことにした。Clear自身で酒蔵になる選択肢はなかったのだろうか?

「日本酒は製造するのに免許が必要なんですが、もう70年くらい新規発行されていないんです。これは日本酒の売り上げが右肩下がりの中で新規参入を増やすと既存の酒蔵にダメージを与えてしまうんじゃないかということで、国税庁が発行を止めているんですね。となると、僕らがいま酒蔵になろうとすると、M&Aをするしかない。ただこれも難しくって、売りに出ているような蔵元ってみんな債務超過があって、M&Aをするとその大量の負債を背負わなくてはならない。すさまじいマイナスからのスタートになってしまうんです。なので、その選択はしませんでした。SAKE HUNDREDは、我々がしっかりとした企画を立てて、それぞれの商品コンセプトに最も最適な酒蔵に作ってもらう形でよい商品を作り出す形をとっています」

百光は山形県酒田市にある楯の川酒造が醸造。原料となる酒米を200時間以上かけて磨き上げ、純米大吟醸と名乗るには精米歩合が50%以下であればよいのに対し、百光は精米歩合18%と磨き上げた酒米を使用している。徹底した衛生管理や温度管理を経て、雑味のないクリアな味わいを実現。世界各国のコンクールでプラチナ賞や金賞を受賞し、世界からも高い評価を得ている。

プレミアムからラグジュアリーへリブランディング

プレミアム日本酒としての地位を確立した「SAKE100」。しかし、2020年にリブランディンを行なっている。これはなぜだろうか?

「プレミアム日本酒として売り出したものの、しっくりこないという気持ちがありました。当時、百光は1万6800円で販売していたんですが、これが果たして自分たちがやろうとしていたイノベーションなんだろうか、と違和感を覚え始めていて。なぜならその当時、1万円の日本酒自体は珍しくなかったんです。マイノリティではあるけども百光以外にもそういったお酒はある。そうすると社会は別に驚かないんですよね。これでいいのかと悶々とした時期が続いて、その時に齋藤峰明の『老舗の流儀―虎屋とエルメス―』という本にたまたま出合ったんです」

齋藤峰明さんはフランス三越を経て、1992年にパリのエルメス本社に入社後、エルメスジャポンに赴任。エルメスジャポンの社長となり売り上げを10倍以上にしてからエルメス本社の副社長になったという経歴の持ち主。2021年にClearの社外取締役に就任している。

「本の中で、『エルメスの競合ってどこだと思いますか?』という問いに対して、齋藤は『強いていうなら虎屋だと思います』と話をしていました。これに非常に驚いて。かいつまんで話すと、ラグジュアリーとは決してマーケティングで作られるものではなく、本質的なモノづくりをする企業がラグジュアリーになれる。モノづくりの精神が結果として顧客にラグジュアリーだと認識される。虎屋のモノづくりの姿勢はそのままエルメスに通じるから、競合だと思っている、と書かれていたんです。雷が落ちるような、本当に腰が抜けるほどの衝撃を受けて、これだ!と思ったんです。日本酒ってラグジュアリーなんだ、僕らはラグジュアリーを目指すんだ、となったんです」

そしてSAKE HUNDREDとブランド名を変更。ラベルなどのデザインも一新し、価格面も2万7500円に見直された。

SAKE HUNDREDのフラッグシップ「百光」。精米歩合18%と極限まで米を磨きあげることで、圧倒的な透明感とクリアな味わいを誇る。ユリの花や洋梨、リンゴのようなフルーティーで華やかなアロマも特徴【写真提供=株式会社Clear】

2020年、プレミアムからラグジュアリーへリブランディング。ブランドとして菱形の白いラベルに統一した。使用している米銘柄や精米歩合などの情報はのせず、シンプルなものに。相手の日本酒に対する知識量に依存せず、SAKE HUNDREDと認知してもらえる工夫を凝らしている【撮影=三佐和隆士】

「価格というのは商品の価値に見合うべきものなので、当初の1万6800円は安すぎた、と思っています。お客様からの評価も高くてこんなに優れた品質で、手間暇を考えると適正金額ではなかったと思うんですよね。ブランドとしての実績、需給のバランス、原材料の高騰なども踏まえて、今の適正価格は3万8500円であると考えて提供しています。希少性があるから高い、のではなく、定番の高級酒になっていくべく戦略を練っています」

2021年にはスパークリング日本酒の「白奏(はくそう)」「深星(しんせい)」を発売。

「世界的に乾杯酒には泡ものが選ばれるのが通常で、シャンパンが採用されることが多いと思いますが、日本酒もハレの日にしっかり寄り添うことができるお酒であることをお客様に伝えて、日本酒のプレゼンスを高めていくことが僕たちの役割だと考えています。深星は2024年、2025年のカンヌ国際映画祭のサイドイベント『JAPAN NIGHT』や大阪万博のイタリアパビリオンで採用していただけました」

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