このイベントは終了しました。長崎県の美術展・博物展の一覧はこちらからご確認ください。
長崎の黄檗 ―隠元禅師と唐寺をめぐる物語―
長崎の黄檗は隠元さんだけじゃない
日本と中国は二千年以上の長き交流の歴史を有している。日本は時代ごとに中国から先進の技術や知識を取り入れ、様々な面で多くの影響を受けてきた。この長きにわたる日中交流の中でも、承応3年(1654)の隠元隆琦(1592~1674)の来日はとりわけ大きな意味を持っている。臨済宗黄檗派の高僧である隠元の渡来は、日本へ新たな禅風を伝えただけでなく、明末清初の中国の文化をもたらした。本展では今年で350年大遠諱を迎えられた隠元隆琦禅師の来日を起点としてその事蹟を辿りながら、江戸時代の日本に多大な影響を与えた黄檗文化の源流をひもといていく。長崎市内の黄檗寺院である興福寺・崇福寺・福済寺・聖福寺、いわゆる「唐寺」には、隠元とその高弟である木庵・即非ら渡来黄檗僧たちゆかりの書画をはじめ、現在にいたる長崎と中国の交流の様子を物語る資料が多数のこされていることが、近年の調査によって明らかとなった。今回は唐寺の寺宝を中心に「長崎ならではの黄檗文化」についても紹介する。
見どころ
【隠元渡来前夜】唐寺を筆頭に、現在まで長崎の町には中国文化の影響が色濃くのこっている。その礎を築いた長崎へ移住した中国人たちは唐寺の創建や隠元の招請にも深く関わっている。 【隠元禅師の渡来】承応3年(1654)7月4日に隠元が長崎へ到着する。長崎の町が隠元をどう迎えたのか。 【隠元禅師がもたらしたもの】隠元は弟子と仏師や画家といった職人ら三十名ともに長崎へ渡来した。黄檗山萬福寺には隠元が中国からたずさえてきた様々な品がのこされている。 【長崎に現在も息づく黄檗文化】近年の大規模な調査によって唐寺には黄檗僧や中国に関する資料が多数のこされていることが分かっている。これまで知られていた代表的な書画はもちろん、今回見出された初公開資料も多数紹介する。 【華ひらく黄檗文化】長崎で生まれた絵画や工芸品は海外の影響を受け、江戸時代を通して人気を博した。その大本となる「唐絵の祖」とされる逸然性融の画技は、蘭渓若芝と渡辺秀石へ引き継がれ、その後も長崎で脈々と継承されていった。
天気情報提供元:株式会社ライフビジネスウェザー
※掲載情報は2022年10月時点のものです。随時更新をしておりますが内容が変更となっている場合がありますので、事前にご確認のうえ、おでかけください。
※自然災害の影響やその他諸事情により、イベントの開催情報、施設の営業時間、植物の開花・見頃期間などは変更になる場合があります。
※掲載されている画像は取材先から本ページへの掲載の許諾をいただき、提供されたものとなります。画像の無断転載(二次使用)は禁止です。
※表示料金は消費税8%ないし10%の内税表示です。
タグ・カテゴリ
エリアやカテゴリで絞り込む
テーマWalker
テーマ別特集をチェック
季節特集
季節を感じる人気のスポットやイベントを紹介
九州・沖縄の花火大会を掲載。2026年の開催日、中止・延期情報や人気ランキングなどをお届け!
おでかけ特集
今注目のスポットや話題のアクティビティ情報をお届け
キャンプ場、グランピングからBBQ、アスレチックまで!非日常体験を存分に堪能できるアウトドアスポットを紹介








