コーヒーで旅する日本/関西編|古いみかん倉庫がロースターに変身!「The Roasters」から和歌山に広がるコーヒーの新しい波

2022年5月17日 10:14更新

関西ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

奥行きのある店内は開放感たっぷり。地域のお年寄りから若者まで、幅広い世代が集う拠り所となっている


関西編の第12回は、和歌山市の郊外、のどかな田園地帯のただ中にある「The Roasters」。スペシャルティコーヒーのロースターとして、和歌山でいち早く新たなコーヒーの魅力を広めた草分け的一軒だ。遠く福島県から移り住んだ店主の神谷さんが、店を構えたのは8年前。開店までの数々の紆余曲折を経て、この地に根付いた一軒のコーヒー店は、和歌山のコーヒーシーンに新しい変化をもたらしている。

店主の神谷仁子さん


Profile|神谷仁子(じんこ)
1981(昭和56)年、福島県生まれ。東京の美術大学卒業後、インテリアショップ、カフェに勤めた後、結婚を機に福島に移住。福島の自家焙煎コーヒー店・椏久里(あぐり)珈琲の女性焙煎士との出会いを機に、本格的に焙煎を始めるため東京のカフェ・バッハのトレーニングセンターに通い、和歌山へ移住。2013年から開業準備を始め、2014年に「The Roasters」をオープン。

カフェ巡りから始まったコーヒーへの道

元みかん倉庫をセルフリノベーションした、クラフト感あふれる店構え。意外な立地も魅力の一つだ

和歌山市街から車で20分ほど。のどかな田園風景のなか、小さな集落のなかへ進むほど、どんどん細くなる道。“本当にこんなところにあるの?”と思った頃に現れた店にほっとする。「元々みかん倉庫だったんです」とは、迎えてくれた店主の神谷さん。入口の横に焙煎機やテーブル席、奥には広々としたキッチンを取り巻く長いカウンター。ほとんどをご夫婦でセルフリノベーションした開放的な空間は、手造りならではの穏やかで、くつろいだ空気が満ちている。

2014年の開店以来、お年寄りから若い世代まで地域の人々が訪れる憩いの場として定着し、今では遠方からのお客も少なくない。「幅広いお客さんに、毎日飲みたいコーヒーをお届けしたい」という神谷さんが、この場所にたどり着くまでには長い道のりがあった。

店に向かう道中は、連なる山々をバックにのどかな田園風景が広がる


東京の美大に通っていた頃から「なにがしかの店をしたいとは思っていました」という神谷さん。当時は、全国的にカフェブームが全盛の頃。都内に続々と新たなカフェを巡ったり、好きで通い続けていたカフェで働いたりするなかで、コーヒーとの関わりを深めていった。

ただ、当時のカフェでは、コーヒーは必ずしも主役ではなく、むしろ空間に力を入れる店が多かった。「いろんな店に行きましたが、次第にコーヒーの焙煎や味作りの哲学などに関心を抱くようになって、青山の大坊珈琲店や銀座のカフェ・ド・ランブルなど、自家焙煎の老舗によく行くようになりました。20代にしては渋好みですが(笑)」と神谷さん。その後もコーヒー店巡りは続き、大学卒業後、結婚、出産を機に実家のある福島へ移住。しかし、2011年の東日本大震災によって生活は一変した。

友人が描いた絵や器などの作品が店内に彩を添える


“単なるコーヒー好き”を変えた女性焙煎士との出会い

すべての豆は、焙煎前と後の2回のハンドピックを欠かさない

先が見えないなかにあって、当時、飯舘村から福島市に移転し営業を再開していた「椏久里(あぐり)珈琲」を訪ねたことが、大きな転換点となった。
「コーヒーの美味しさにも、とても感動しましたが、その時、たまたま店にいらっしゃった女性焙煎士の市澤美由紀さんとの出会いに何より衝撃を受けました。美由紀さんが、子供3人を育てながらプロの焙煎士として店を続けていることを聞いて、心境が変わったんです。子供がいる私には焙煎の仕事は無理だと思い込んでいましたが、美由紀さんの話を聞いて、今からでも、女性でも、焙煎を始めてもいいんだと」。この出会いを機に一念発起。漠然と頭にあった“店をしたい”という思いは、はっきりとしたイメージを持って実現すべき目標へと変わった。

各種メーターなどをカスタムした焙煎機は、すべてマニュアル操作で煎り上げを調整


この時まで、自分が焙煎をすることは考えなかったという神谷さん。「それまで、単なるコーヒー好きでしたが、突き詰めていくと焙煎・生豆に行き着く。商売としてやるなら自家焙煎が必要」と、開業を目指し、東京の名店・カフェ・バッハのトレーニングセンターに通い始め、2~3年かけて本格的にコーヒーの基礎を学んだ。

ここで初めて焙煎機に触れた時のことをこう振り返る。「最初はまったく分からなくて、言われるがままに触ってました。操作自体に難しいものではなかったのですが、ただ、同じ講習に通う人と同じ豆で同じように焙煎しても、できる味は違う。やっていることはシンプルで、味作りの基準もあるけれど、人によって結果が変わる複雑さに、焙煎の面白さと難しさを感じました」。美大で作品制作をしていた神谷さんにとって、素材と向き合って形を作りあげるという経験、感覚は通じるものがあったのだろう。自分だから出せる味を探して、日々、コーヒーと向き合った。

神谷さんがコーヒーの勉強に邁進しているその頃、夫の仕事がひと段落したタイミングで、夫の実家である和歌山県に移住。いよいよ開店に向けて準備を始めたが、物件探しに苦労したという。それを解決したのは、友人の何気ない一言だった。「夫のおじいちゃんがみかん農家だったんですが、倉庫だったこの建物を友人が見て、『ここを改造したら素敵なお店になりそう』と言ってくれたんです。近すぎるものは気付かないものですね」。古い倉庫は、インテリアデザイナーの夫と知人の大工を中心に、神谷さんも手伝って、見違えるような素敵な空間に生まれ変わった。

何気なくすいすい飲める、いつも変わらぬ安心の味を

1杯分で豆20グラムと贅沢に使用。粗挽きにしてさっと抽出することで、飲み応えがありながら、すっきりとした後味に

広い店内でも一番目立つ、入口横の窓際に設置された焙煎機は、通称“ブタ窯”と呼ばれる古い直火式焙煎機を改造したカスタム仕様。神谷さんの良き相棒であり、文字通り、The Roasterの心臓だ。

「カフェ・バッハでトレーニングを受けて開業する方は、バッハオリジナルの焙煎機・マイスターを使うことが多く、間違いなくうまく焼けるのは分かっていました。ただ、バッハの味作りを踏襲するのでなく自分の店の個性をどう出すか?と考えて、あえて違う焙煎機を選びました。当時、東京のアマメリアエスプレッソのエチオピア・ナチュラルに感銘を受けたこともあって、店主の石井さんが初期に使っていた焙煎機と同じものを探して。元々、直火式だったメッシュのドラムに鉄板巻いて半熱風式にしたり、バーナーを増やしたりと、改造した箇所も同じです」。さらには、生豆も共同購入ではなく自らルートを開拓し、縁のあった卸やロースターから仕入れルートを広げていった。

好みの豆が選べるホットコーヒー495円。シリアルたっぷりのクッキー200円


「The Roasters」が開店したのは、すでにスペシャルティコーヒーが主流となり、アメリカのブルーボトルコーヒーが日本に上陸する前年。コーヒーを取り巻く状況が大きく変わり、新たなコーヒーカルチャーが広まりつつあった。

「この場所でも店が成り立っているのは、開店したタイミングが良かったのもあります。当時は、いわゆるサードウェーブ系のコーヒーショップが都市部で注目され始めた頃でしたが、和歌山にはまだ届いていませんでした。だから、うちが新しいスタイルで始めた先駆けのようになって、地元でカフェを始めたいという方が豆を求めてきてくれたんです。最初に卸先がいくつかできたことで店を続けるベースができて、今では県内外で40~50軒にまで広がりました」

最初はエチオピアやグアテマラなど自身が好きな豆から焙煎を始め、パナマ、ケニア、コスタリカ、ブラジルと増えて、今では9種をそろえる。卸先のブレンドを作る機会も多いが、なぜか自店のオリジナルブレンドがないのは、「配合ができたら、ついつい卸先に提供してしまうので(笑)。いずれ納得できるブレンドができたら店で出したいですね。豆を選ぶ際は、味のきれいさと共にその豆独特のクセや飲み応えを求めますが、卸先が多いので特殊なプロセスなどは置かず、“いつもと同じ”と思える安定感が何より大事」という。

そんな自身のコーヒーを“おふくろの味”になぞらえる神谷さん。「豆のスペックや蘊蓄(うんちく)は置いといて、何も考えず体調に合わせてただコーヒーを飲む、という店があってもいいと思って」。1杯に20グラムと贅沢に豆を使い、粗挽きにしてさっと抽出することで、しっかりボディはありながら、柔らかく広がる後味はあくまで軽やか。まろやかな香味がじんわりと広がり、すいすいと体に染みわたる味わいに、思わず肩の力も抜けていく。

開店から8年を経て街に広がった新しい波

産地の国旗をモチーフにした、カラフルなパッケージデザインが人気

開店当初は、地元出身の夫のつながりを得て、和歌山県紀美野町の蔵を改装した施設で、週末限定のTHE STANDも手掛けていた神谷さん。現在は、豆の卸先である、海南市のJAをリノベーションしたカフェ・Kamogoで、土曜にコーヒーを淹れているほか、各地のイベントにも積極的に出店している。

「出張コーヒーやイベントで遠方の人にもコーヒーを飲んでもらうことも、店の存在を知ってもらうきっかけになっています。時には、東京のイベントで反響をいただいて、逆輸入の形で関西の方に伝わることもありました。ずっと一カ所にいるよりも、外に出て新しい刺激を受けつつ店を続けることで、いいサイクルができています。店のカウンターでお話したり、いろんな場所に出張した時や卸先に配達に行った時の立ち話したり、店を続けるうえで、いろんな人とのコミュニケーションは欠かせないですね」

店のロゴやポスターなどは、神谷さんの美大時代の友人が手掛ける


遠く福島から移り住んで、ほとんど縁もゆかりもなかった場所で始めた店も今年で8周年。その間、じわじわと存在感を広げ、今、和歌山の街にも新たな変化をもたらしつつある。「この店ができてから、近くに新たに雑貨屋さんができて、わざわざうちの店だけに来てもらうのはもったいないので、お客さんにも紹介して楽しみを増やしています。逆に雑貨屋に来た方がここに立ち寄ることもありますね。最近では、20代の若手コーヒー店主がディートリッヒとかギーセンとか、新しい焙煎機を導入するといった話もあって、これからさらに面白くなりそうです」

ポップな筆記体のロゴからも、朗らかな店の空気が伝わる


神谷さんレコメンドのコーヒーショップは「KAMIN COFFEE ROASTER」

次回、紹介するのは和歌山市のお隣、岩出市の「KAMIN COFFEE ROASTER」。
「和歌山のラーメン屋さんが展開するカフェ・フェイバリットコーヒーで長年、焙煎士をしていた店主の西田さんが、2年前にオープンした新しいお店です。同い年で焙煎歴は同じくらい、お店の場所も近いのでお互いによく情報交換しています。開店以来、どんどんオリジナリティを出されているので、これからが楽しみです」(神谷さん)

【The Roastersのコーヒーデータ】
●焙煎機/ラッキークレマスTIR(カスタム)4キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオV60)
●焙煎度合い/浅煎り~中深煎り
●テイクアウト/あり(495円~)
●豆の販売/シングルオリジン8~9種、100グラム648円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治


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