コーヒーで旅する日本/関西編|目の前の一人ひとりが求めるコーヒーを日常に。“街のオアシス”「ゆげ焙煎所」が愛される理由

関西ウォーカー

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産地への貢献よりも、目の前のお客さんが喜ぶことを大切に

ホットコーヒー430円は、フレンチプレスでコーヒーの旨みを余すところなく抽出

自ら“底辺”と呼ぶ、コーヒー嫌いの時代から始まり、スペシャルティコーヒーの草創期の現場に触れ、コーヒーシーンの大きな変化を体感してきた岡本さん。2013年、念願の開店後も数々の貴重な経験が土台になった。「RIO COFFEEで、個人店のコミュニケーションの感覚を、店長として体感できたことは大きかったですね。スターバックスと違い、10分くらいお客さんが来ない時がある状況に、なかなか慣れませんでしたが(笑)。そこから店の存在が広がり、ファンが増えていったプロセスを経験させてもらったことも、自信につながりました」

開店当初は、ダイレクトトレードの豆に絞って、時季ごとに吟味した最上のシングルオリジンを提案していた岡本さん。ただ、ロットが少なく頻繁に入れ替わる銘柄は替えが効かないため、お客の要望に沿えないことが多かった。1年が過ぎて、新たにブレンドを加えたのは、当時の心境の変化を表している。

「開店前に産地を訪ねて一番感じたのは、無力感の大きさ。何が生産者の役に立つのかも分からないし、自分が何も知らなかったということを突き付けられた。産地への貢献を考えるには、店の身の丈があってなかったんですね。ならば、それは規模の大きな店に任せて、自分は産地でなく日本の消費者の方を向いて仕事をしようと、気持ちを切り替えたんです。嗜好や予算など、お客さんが喜ぶことをシンプルに。そう考えたら、ブレンドを出すことも躊躇いはありませんでした」

カフェ・ラテ480円。季節のパウンドケーキ430円は、時季ごとにコーヒーの銘柄を決めてペアリングを提案。写真の清見オレンジは、柑橘の香りと調和するケニアとの取り合わせがおすすめ


その頃から、スペシャルティコーヒーは急速に支持を得たことで、同じカテゴリーの中で豆のランクの幅も広がっていった。いわば“普通のスペシャルティ”のボリュームが増していたが、耳目はトップオブトップの豆に集中していた。

「カッピングスコア80点以上でスペシャルティと呼ばれますが、そのうち、80~82点という評価の豆が余りがちという状況になっていました。そこがボトルネックなら、ブランドにこだわるより、お値打ちでおいしい豆を選ぶのが、ロースターの腕の見せ所。90点の豆は品質も高いですが、価格が普段飲みには向かないので、ちょっとの差で手に入りやすくおいしいものを勧めようと。“誰が求めているコーヒーか?”を考えたら、うちの店で1杯2000円とかは似合わないですし、ハレの日だけでなく基本は日常のものとして飲んでもらいたいですから」

今も豆の品揃え自体はほとんど変わらないが、近年は、ことさらにスペックやスペシャルティグレードを打ち出すことをせず、フラットな姿勢で提供するようになったという。良質の豆がレベル差なくいきわたり、原料による差が出にくい状況で、「いいものと長く続くものはまた違うと感じます。コーヒーは飲んでおいしいかどうかが大事」との思いを強くしている。

窓枠のデザインを見て一目ぼれしました」という、築50年のビルの一室を改装


地元の人々とつながり、街に根差した“日常のオアシス”に

カウンターで抽出レクチャーなどもできる、ゆったりしたスペースを備えた夙川店

小売りだけでスタートしたものの、いつしか卸先が増え、思いがけない縁も広がったという岡本さん。いまや、街に欠かせない存在になった「ゆげ焙煎所」だが、それは開店以来、地域の人々との交流を深めてきた、地道な取り組みの賜物でもある。「駅から離れているので、お客さんは近隣の人がほとんどになります。だからこそ、地域のゴミ拾いや市役所、学校などのイベント・セミナー、中学生の就業体験の受け入れなど、地元の声を受けていろんな活動に参加して距離を縮めてきました」

街の一員としてのつながりを得て、今では向かいのコンビニでも豆の販売をしてもらうほど、親密な関係を築いている。また時には、就業体験に来た中学生が、大学生になってから再訪してくれたりと、10年余の蓄積は店と街のつながりを確かなものにしている。

また、コロナ禍の前までは、小学生が保護者抜きで店内で過ごす体験イベントも開催。ちょっと背伸びして、大人と同じカフェのサービスを味わうという趣向がユニークだ。「同業の知人が、“子供にコーラ飲ませるくらいならコーヒーの方がよっぽど健康的”と言ってましたが、その通りで。実際、コーヒーを飲める子供がすごく増えて、中にはブラックで飲む子もいます。たとえ飲めなくても、親にコーヒーを淹れてあげると、コミュニケーションの一助になるし、そこで喜んでもらえたら達成感があります。また以前、小学校の1/2成人式で講演をした時にも、世界とつながっているコーヒーで何かできることがあるのでは?と感じました。生産国のコーヒーを飲むと、その国に親しみも湧いたり、外国語を学ぶきっかけになったり、世界はもっと広がるはず。子供とコーヒーをつなげる動きはもっとやっていきたいなと思いますね」

子供には縁がない飲み物と思いがちだが、このアプローチが地元の子供たちの視野を広げる機会につながるかもしれない。

コンサートホールの近くにオープンした西宮北口店はテイクアウトのみのスタンドスタイル


年々大きくなる岡本さんの思いと歩調を合わせるように、この3年で市内に2つの姉妹店を展開。「本店が意図せずカフェとして定着したので、家で飲むための提案をできる場を作りたかった。コーヒーを通して一人ひとりの日常を楽しく、笑顔になれる場面を増やしていければ嬉しい」。ここまで、“面白そう”と思ったことに対して、直感的に行動し形にしてきた岡本さん。

「早い時期に産地にも行かせてもらって、開店前からいい経験をたくさん積むことができて、自分は環境に恵まれていたなと思います。2014年以来、生産国に行っていませんが、店の規模も大きくなった今なら、少しは現地への貢献を考えていってもいいかなと思っています」

かつて産地を訪れ、無力感を味わってから10年余。熱い湯気のごとく立ち上るコーヒーへの意欲と好奇心は、今も冷めることはない。

「お客さんがおいしいと感じて、再訪してくれることで店は続く。目の前の一人ひとりを大切にしたい」と岡本さん


岡本さんレコメンドのコーヒーショップは「Navy Coffee Roaster」

次回、紹介するのは、兵庫県明石市の「Navy Coffee Roaster」。
「店主の大濃さんは、RIO COFFEEにいた時のお客さんで、コーヒー店の開業を目指していた時に相談に来られて以来の縁。当時は違う仕事をされてましたが、開業のためにすぐに転身した行動力と、目標に向けて着実に準備をして夢を実現した意思の強さを持った方。当時の自分が背中を押したような気持ちもあり、今も応援しているお店です」(岡本さん)

【ゆげ焙煎所のコーヒーデータ】
●焙煎機/ペトロンチーニ 10キロ(完全熱風式)
●抽出/フレンチプレス(ボダム)、エスプレッソマシン(ラ マルゾッコFB-80)
●焙煎度合い/中煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(430円~)
●豆の販売/ブレンド3種、シングルオリジン5~6種、100グラム700円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治


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