コーヒーで旅する日本/関西編|飲んだ後にふと“おいしいな”と口をつく。「K COFFEE」が目指す、誰もが心地よさを感じるコーヒー

関西ウォーカー

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気鋭の焙煎士に刺激を受けて深めた焙煎への手応え

奈良でいち早く導入したギーセンの焙煎機は、同業者との交流を広げるきっかけともなった

念願の開店を実現したものの、店の敷地に残された金魚電話ボックスが界隈の新名所となったことで、当初はコーヒー店への関心は薄かったという。「店より電話ボックスが有名になりすぎて、しばらくは作品目当てのお客さんがほとんど。半ば観光地化してしまったこともあり、一時は焙煎所を別の場所に移していたほどで、コーヒーは“おまけ”みたいな状態でしたね」

ただ、この時点で焙煎の知識や技術は、焙煎機購入時に説明を受けたくらいで、ほぼ独学に近かったという森さん。改めて、焙煎を本格的に学ぶべく、ローストマスターズ委員会が主催する焙煎士の研修合宿・リトリートに参加。毎回、異なるテーマで機体や豆を変えて、チームで検証、ディスカッションを行う場で、同業との交流を増やしていき、焙煎に対する知識は飛躍的に向上する。

「合宿ではローリングやプロバット、ディートリッヒ、フジなど、さまざまな焙煎機を使います。その中で、焼き上がりが気に入ったのはプロバットとギーセン。中でもギーセンは、風力やドラム回転数などの可変要素が多いのが決め手になって、思い切って当時最新の機体を導入しました」

豆のラインナップはシングルオリジンのみ、14~15種を揃える


当時は関西ひいては国内でもギーセンの焙煎機を持つ店はまだ少なく、実際に触れることができるのは貴重とあって、同業者からの問い合わせが相次いだ。その中の一人に、焙煎技術の競技会・JCRCの優勝者で、世界大会出場を控えた沖縄・豆ポレポレの店主・仲村さんがいた。「世界大会の公式焙煎機がギーセンだったため、うちの焙煎機を使ってトレーニングしたいと申し出があって、奈良まで訪ねて来られました。思わぬ形で焙煎の日本チャンピオンと接する機会ができて、一層の刺激を受けましたね」。まさに望外のご縁を得て、さらに焙煎の追求に拍車がかかり、同業者が集まる焙煎の勉強会や、ローストマスターズ委員会の交流イベント・チームチャレンジにも相次いで参加。イタリアで行われた世界大会の視察にも足を運んだ。

「手網で焙煎していた頃から考えたら、勉強会で同業の人に認められたことは単純にうれしいし、時に競技会のファイナリスト以上の評価を得られたりすると刺激になる。こういう場に加わらなければ、ここまでの向上心は湧かなかったかもしれませんね」。JCRCのチャンピオンや気鋭の若手ロースターが集う場で腕を磨き、手ごたえと自信を深めていった。

淹れる人を選ばない、お客それぞれが心地よく感じるコーヒーを

コーヒー440円。写真のインドネシア イーストジャワ アナエロビックは、柑橘系の柔らかな酸味が印象的

店で提供するコーヒーは、開店当初は3~4種だったが、今では10種以上にまで広がっている。ただ、メニューは産地や焙煎度などが記されている程度で、何とも素っ気ないのは、「カッピングしても言語化するのが苦手で、口でもあまり言わないし、メニューもすごく簡単にしています」と森さん。焙煎を始めた頃は中深煎りがメインで、浅煎りを焼く技術はなかったが、「徐々に中煎りがおいしく感じるようになって、酸が穏やかなコーヒーが好みだと気付きました。今は浅煎りも好きになりましたが、派手な味は苦手で、落ち着いた味わいで、続けて飲めるコーヒーが理想」という。

森さんが目指すコーヒーの方向性は、抽出に対する姿勢によく表れている。「僕は豆の選別と焙煎が仕事で、誰が淹れてもおいしいコーヒーが理想。だから、“ここで僕が淹れたコーヒーがおいしい”と言われるのは、ちょっと違うんです。特定の誰かが淹れないとおいしくない、というコーヒーは求めていない。お客さんに抽出のことを聞かれても、“分量だけはちゃんと計ってくださいね”と伝えるくらいで、後は各々で好きな濃度を知ってほしい。数字や手順を守るのではなく、自分なりの基準を作って、好みの味の感覚を持つことが大事。お店で淹れるよりも、この豆を使って家で淹れてもらった方がおいしい。そう勧められるだけの自信は持っているつもりです」と、ロースターとしての矜持をのぞかせる。

m.k.ソフトゼリー入り550円。ソフトクリームには専用ブレンドのエスプレッソ、ゼリーは時季替わりのシングルオリジンのコーヒーを使用。ソフトクリームは気温によって配合も変える


近年、コーヒーの味わいを説明する専門用語は飛躍的に増えているが、日ごろ訪れるお客は知らない人がほとんど。それでも、あえてお客と専門用語の共有しようという考えはないようだ。「そもそも、人によって感覚も言うこともばらばらで、お互いの感覚を合わせることは難しい。プロでも、焙煎の勉強会などでは毎回、ある豆を基準に味の捉え方を調整する基準合わせ・カリブレーションをしますが、数年やっていても感覚は更新されて変わっていきますから」と森さん。

それゆえ、お客には、以前に飲んだコーヒーと比較してもらったり、豆の購入時に無料でコーヒー1杯をサービスし、実際に味を試してもらったり、“基準合わせ”に近い提案に腐心している。「勉強会で評価が良くても、お客さんにおいしいと言われるわけではない。いろんな方が店に来るようになっても、どの人もおいしいと言われるコーヒーを目指したい。店としてのお勧めや打ち出しはなくて、それぞれのお客さんが単純に自分の好みで、心地よく感じるコーヒーが出せればいいと思います。風味のインパクトより、飲んだ後にふと、“あ、なんかおいしかったな”と、感じてもらえればうれしい」

開店から8年、ロースターとしての本領発揮はこれから

  

ロースターとしての地歩を固めながら、営業すること4年を経て、金魚電話ボックスの撤去が決まる。その後の2年ほどは客足もガクッと落ち込んだが、「本来のコーヒー目当てのお客さんが増えて、同業者の口コミで訪ねてくれる方も多くなりました」と森さん。店は紆余曲折を経ながらも、“おいしいコーヒーを出したい”という気持ちは、当初から変わることはない。

ただ、焙煎を始めた頃は、豆が焼ければなんでも楽しかったが、今ではコーヒーへの向き合い方も変化してきた。「最近は、今までより自分の焙煎に対するハードルが上がっている感覚はあります。中~浅煎りの豆は特に、“これは焙煎由来の風味か素材由来の風味か?”“甘さはもっと出ないか?”などと考えることが多くなりました。今までは、豆の仕入れ時のカッピングでイメージをつかんで、サンプルも焼かずにいきなり焙煎して味を判断していましたが、だんだん感じ方がシビアになってきて、狙いがさらにピンポイントになってきていますね」と、今もって“おいしさ”のアップデートは続いている。

コーヒー豆の自動販売機も設置。閉店後も購入できると好評


一方で2021年には、初の姉妹店「MORI ROASTERY」をオープン。本店とは打って変わってスタイリッシュな店は、豆や器具の販売。テイクアウトもでき、広い駐車場も備えている。「新たにスタッフも加わって、今まで、ここでできなかったこと自分がやれなかったことを形にしていこうと。この数年はコーヒーに集中しすぎたので、ペアリングとか、違う方向にも間口を広げたい」と森さん。今まで主夫業も大きなウェイトを占めていたが、子供の成長と共に徐々に時間に余裕が生まれ、勉強会や交流できる機会が増えたことも大きいという。

自動販売機の横にはコーヒーミルも。手書きの説明が楽しげ


長年、言われ続けてきた“金魚電話ボックスの店”のイメージを払拭し、ようやく本来のロースターとしての本領を発揮している森さん。それでも、飄々として、気さくにお客を迎える姿は、気負いは感じさせない。「結構、長く続けてきて、うまくいったりいかなかったりもありましたが、ようやく“コーヒーもおいしいよね”と言ってもらえるようになりました。僕、普段から切磋琢磨してる風には見えないでしょう?ちょっと謎めいたイメージで、“変わった店だな”と思ったらコーヒーはめちゃくちゃおいしいとか、かっこいいじゃないですか(笑)。これで焙煎日本一とかになったりしたら、それこそすごいですが、今でもノリとしては趣味の延長。まだまだ野望はありますが、楽しく続けられるのが一番ですね」

「機会があれば、店内でもくつろげるカフェ的なショップも作ってみたい」という森さん


森さんレコメンドのコーヒーショップは「TABI Coffee Roaster」

次回、紹介するのは、奈良県奈良市の「TABI Coffee Roaster」。
「店主の田引さんは、奈良の自家焙煎コーヒーの老舗・珈琲館 煦露粉(クロコ)で長年、焙煎を担当。独立される前に、相談に来られたことが縁で、奈良市内に行ったときは、店によく立ち寄ります。名店ゆずりの、深めの焙煎がメインで、マイルドな味わいは“古き良きコーヒー”の印象。お洒落で物腰柔らかな田引さんの人柄も、人気の理由です」(森さん)

【K COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/ギーセン 6キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(フラワードリッパー)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(440円~)
●豆の販売/シングルオリジン14~15種、200グラム1000円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治


※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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