コーヒーで旅する日本/関西編|焙煎で豆の持ち味を“整える”。「aoma coffee」が考える、浅煎りコーヒー本来の醍醐味

関西ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

日々さりげない会話が生まれるカウンター。中には毎日2回、決まった時間に来る常連も


関西編の第10回は、大阪のビジネスの中心・船場での憩いの場として支持を得る「aoma coffee」。2年前の開店以来、メニューはほぼコーヒーのみ、しかも浅煎りに特化した個性的な一軒として注目を集めている。スペシャルティコーヒーやサードウェーブの到来など、コーヒーに対する嗜好や提案が大きく変化するなかで、長年、浅煎りの魅力を追求してきた店主の青野さんが、多彩な豆の個性を伝えるためにたどり着いたユニークなアプローチとは。

店主の青野啓資さん


Profile|青野啓資
1977(昭和52)年、大阪府寝屋川市生まれ。大学卒業後、京都の染物屋に就職。30歳の頃に飲食業界に転身し、2012年、大阪市内にカフェを展開するELMERS GREENに焙煎担当として入社後、2017年に浅煎りコーヒー専門の姉妹店EMBANKMENT Coffeeの立ち上げ。2020年に独立し「aoma coffee」をオープン。

人々の日常と緩やかにつながる街の拠り所

中が見えるガラス張りで、立ち寄りやすい雰囲気

大阪の商業の中心・船場を南北に貫く丼池筋。繊維問屋街として知られる界隈は、近年、若い世代が手掛ける飲食店やゲストハウスの出店が相次いでいる。2020年、丼池筋に開店した「aoma coffee」も、その一つだ。「この辺りがこれから面白くなりそうな予感があって、この物件を見て一目で決めました」と、このエリアに訪れていた変化を感じ取っていた店主の青野さん。通りから素通しの開放的な店内は、あえて壁や床をむき出しのマテリアル感を残し、大きなカウンターのほかはスツールや立ち飲みのテーブルがあるだけ。単なる“スタンド”ともひと味違う、緩やかな包容力を感じる空間が心地よい。

市外から訪れるコーヒー好きのお客も多く、「お勧めのお店を聞かれることも多い」と青野さん


提供するコーヒーは、自身が長年推してきた浅煎りスペシャルティコーヒーのみ。「質のいいコーヒーを通して、日常のなかで界隈の人々の食への意識が変われば」と、世界各国から豆を厳選し、豆本来のユニークな持ち味を提案する。

「今までに勤めていた店は、キッチンや焙煎スペースがホールと分かれていて、お客さんと直に接する機会がなかったんですが、この距離感だとコミュニケーションが自ずと発生します。カウンターを挟んだこの形は新鮮で楽しいし、独立して一人で店のすべてのことをするようになって、コーヒーの中身だけがすべてではないと思いましたね」

開店すると、お馴染みの近隣のショップや飲食店店主、昼休みの会社員などが入れ替わり立ち代わり。青野さんと二言、三言、さらりと会話を交わしていく。ふっと力を抜いて、ほんのひと時の憩いを得る様子に、さりげない街の日常が垣間見える。まさに普段着の店として、開店2年で界隈の拠り所として定着している。

酸っぱいだけじゃない、浅煎り本来の醍醐味の追求

開店前にドリップ2杯とエスプレッソ1杯を抽出して、味を確かめるのが朝のルーティン

今では同業者の来訪も多い青野さんだが、意外にもかつてはコーヒーを飲みつけていなかったという。自身の嗜好を変えたのは、開店前、染色の仕事に就いていた京都でのこと。「当時、京都のWEEKENDERS COFFEEやUnirといったスペシャルティコーヒー専門店で飲んだコーヒーがきっかけ。その時はスペシャルティという意識はなくて、深煎りが根付いている京都にあって、明らかに違うコーヒーの味わいに興味を持ったんです」

折しも、アメリカでサードウェーブのコーヒー店が存在感を高め始めていた時期。青野さんも、雑誌で特集された海外のコーヒーショップ事情を知り、「コーヒーが、すごいことになっている」と感じたことで関心はますます高まり、自らもコーヒーの道へ進む大きな刺激になったという。

その後、染色の仕事から、カフェを手掛ける飲食系の会社に転身したのは、ちょうど30歳の頃。いずれは焙煎もしたいと考えていた時に、大阪で複数のカフェを展開するELMERS GREENに新たに開設された焙煎所で、焙煎担当を経験したことが大きな転換点となった。

「本格的な焙煎機に触ったのは、この時が初めて。その頃には家で手網焙煎などはしてましたが、感覚が全然違う。今ほど情報がなかったので、よく分からないまま始めて、“何とかなる”と思ってましたが、最初は何ともなりませんでしたね(笑)。ただ、その時はとにかく焙煎に携われる場が欲しくて、先々コーヒーを仕事にする上で、またとない大きなチャンスでした」

アイスドリップコーヒー590円。希少なCOEの銘柄も+100円と破格で味わえるのがうれしい


さまざまな種類の豆を焙煎してはデータを取ることを繰り返し、手探りで検証を重ね、焙煎の再現性を高める日々。その中で、「京都で飲んだ、酸味や香りが際立ったコーヒーは、浅煎りの豆だと気付いて、明確に浅煎りの志向を持ったのはこの時からでした。自家焙煎を始める前まで、ELMERS GREENはオオヤコーヒ焙煎所の深煎りの豆を使っていて、お客さんだけでなくスタッフも、スペシャルティコーヒーならではのフルーティーな酸に慣れていませんでした。ただ、自家焙煎をするなら味のバリエーションを作っていきたいと、浅煎りの味作りを勉強しました」

独自に浅煎りのコーヒーの追求を進めた青野さんは、その醍醐味をさらに広めるべく、ELMERS GREEN の姉妹店として浅煎りコーヒーに特化したEMBANKMENT Coffeeを立ち上げるまでに至る。その2年前に、東京にアメリカのサードウェーブの人気店・ブルーボトルコーヒーが日本初上陸したとはいえ、関西にはまだその波は届いていなかった頃。“酸味の少ないないコーヒー”を好むお客が多いなかで、あえて酸味や甘味があるフルーティーな浅煎りコーヒーの提案は、一筋縄ではいかなかったようだ。

「大阪で、浅煎りだけを打ち出した店としては早かったぶん、気づきも多かった。当時は、スペシャルティコーヒー=酸っぱいという印象が強かったのですが、今思えば、飲み手の嗜好だけでなく、作り手の影響も大きかったとも思います。お互いが、“スペシャルティとはこういうもの”、という固定観念を作った面もあるのではと。だからこそ、“酸っぱいだけ”では終わってほしくないし、最初に酸っぱいと思わせないコーヒーを作ろうと考え始めました」

この頃には、自分で焙煎のコントロールや原料の目利きに手応えを感じていた青野さん。自らが感じた、スペシャルティコーヒー本来の味わいを伝えたいとの思いが、独立の大きな後押しとなった。

「いろんな銘柄が味わえる方がお客さんも楽しいので」と、豆の種類はなるべく早く入れ替わるようにしている


“引き出す”ではなく“整える”、豆の個性へのアプローチ

【写真】京都のWEEKENDERS COFFEEから焙煎機を譲り受けたことも、開店を決めたきっかけの一つ

EMBANKMENT Coffeeのコンセプトをさらに凝縮し、“コーヒーだけの店”として念願のオープンを迎えた「aoma coffee」。開店にあたり、前職時代の経験をもとにたどり着いたのが、焙煎において豆の風味を“整える”という感覚だ。

「今まで酸っぱいと感じていたのは、1口目、2口目の味に焦点を合わせた焙煎が多かったから。いかに最初の強い味のインパクトをやわらげて、じわっと来るような甘さの印象を大切にしています。特徴的な風味だけにフォーカスするのではなく、多彩な豆の個性を足さず、殺さず、飲みやすいバランスに整えるというイメージですね」と青野さん。確かに、パンチの効いた酸味や派手なフレーバーは、ともすると飲み疲れすることがあるが、「aoma coffee」のコーヒーは、口に含んだ後の風味の広がり方があくまで穏やか。各々の豆が際立った個性を持ちながらも、どこか“親しみ”が湧く味わいというべきか。普段、浅煎りを飲まないお客から、“ここなら飲める”という声が多いというのも頷ける。

コーヒー豆はシングルオリジン4~5種に、時季により配合を変えるブレンド1種をラインナップ


店頭に並ぶ豆は常時4~5種。1シーズン、2~3カ月で入れ替わり、時にはCOE(カップオブエクセレンス、※1)などの希少な銘柄も登場するが、青野さんの基準はあくまで素材本位。開店前にコロンビアの農園を訪ねて、生産者の熱意に触れたことで、コーヒーに対する意識も変わったという青野さん。

「焙煎による加熱由来ではない、素材の持ち味が出せる豆で、味わいのキレイさと穏やかな酸、甘味を感じることが基本。生産者が作ったおいしいコーヒーありきで、品種や産地の土壌に由来する独特の風味が感じられるものを選んでいます」。近年は精製方法も飛躍的に進化を遂げているが、あくまで各国の産地ならではの土地柄や、風土に根ざした豆の個性を大切にしている。

また、「冷めていくとともに味わいもすごく変わっていきます。手で直に温度変化を体感しつつ、その変化も体験してもらえたら」と、店内では取っ手がないぐい飲み型のカップで提供。それぞれの豆の風味をより楽しんでもらおうという工夫の一つだ。

口当たりはもちろん、コーヒーの状態が時間と共に理想的な状態で変化する磁器のカップを使用


誰もが“推しコーヒー”に出会える選択肢の幅を広げたい

「今の店作りは、EMBANKMENT Coffee時代に訪ねたメルボルンやサンフランシスコのカフェから受けた影響も大きかった」と青野さん

独特のアプローチで浅煎りの醍醐味を提案する青野さんだが、とはいえ、浅煎りこそ至上といった意識はないという。「以前は浅煎り一辺倒という時期もありましたが、今は、コーヒーに興味を持ってもらうための選択肢の一つになれればと思っています。選択の幅が広がることで、お客さんそれぞれに“推しコーヒー”や“推しの店”ができてくるといいなと。音楽や映画と一緒で、いろんなジャンルのファンができたり、似たような志向のファンがつながったりすることで“推し”を共有できます。さらに、ジャンルそれぞれのルーツができると、時系列を遡ったり下ったりして、違う世代のコーヒーに目を向けるきっかけにもなるはず」

そんな青野さんの想像は、半ば現実にも起こりつつある。コロナ禍の影響により、家でコーヒーを飲む人が増えたことで、コーヒーを愛飲するファン層は確実に厚みを増している。

「ELMERS GREENにいた頃は、コーヒーのイベントも人がまばらでしたが、年々増えてきています。今年、参加したイベントでは今までにない大勢の来場者があって、“こんなにコーヒー目当ての人がいるのか!”と驚くくらい。そういう世の中になったんだなと思うと同時に、これを一過性のものにならないようにしないと、と感じましたね」

土地柄の個性や生産者の顔が見える、文字通りオリジナルなコーヒーを吟味


一方で青野さん自身が今、最も熱望しているのは、コロナ禍によって実現できなかった産地への訪問だ。「産地に行けたのは、開店前に訪ねたコロンビアだけ。開店してからの2年間、行けなくなりましたが、本来なら定期的に通い続ける必要があります。状況が落ち着いたら、産地にはすぐにでも行きたいですね。縁のあるコロンビアや好きな豆が多い中米辺りを考えています」

生産者と直接交流し、自らが求めるコーヒーを提供するのが、「aoma coffee」の本来あるべきスタイル。青野さんにとって、ここからが本当の店作りの始まりだ。

青野さんレコメンドのコーヒーショップは「WEEKENDERS COFFEE」

次回、紹介するのは京都市の「WEEKENDERS COFFEE」。
「自分にとって、コーヒーの魅力を知った原点的なお店。クラシックなコーヒー店が多い京都で、浅煎り主体の方向性を貫いて、共存していることはすごいこと。焙煎のデータを積み重ねて常に探求を続け、目指す味作りのために変化することを厭わない店主の金子さんは、同じ焙煎人として尊敬する存在です」(青野さん)

【aoma coffeeのコーヒーデータ】
●焙煎機/PROBATONE 5キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオV60)、エスプレッソマシン(シネッソ S200)
●焙煎度合い/浅煎り
●テイクアウト/あり(500円~)
●豆の販売/シングルオリジン4~5種、ブレンド1種、150グラム1300円〜

※1…コーヒーの国際的な品評組織であり、その年に収穫された各産地のコーヒーのうち最高品質のものに与えられる称号。選ばれたコーヒー豆はオークションにかけられ、世界中のコーヒー業者が入札。落札金額はすべて生産者に還元される。

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治


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