コーヒーで旅する日本/関西編|コーヒーの楽しさに導かれるように、独自のアプローチで“ほっと心和むコーヒー”を追求。「IWASHI COFFEE」

関西ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

店の入口側はテーブル席を置き、すっきりとモダンな空間に


関西編の第29回は、京都市上京区の「IWASHI COFFEE」。印象的な店名は、塾の講師から転身した店主の真下さんも、店名に劣らずユニークな経歴の持ち主だ。何気なく関わり始めたコーヒーの世界に引き込まれ、楽しさに導かれるように焙煎を追求。2度の移転を経て現在の場所に至るまでに、地元を中心に多くのファンを広げてきた。真下さんが求める“ほっと心和むコーヒー”を生み出す、独特のアプローチとは。

店主の真下裕也さん


Profile|真下裕也(ましも・ひろや)
1979(昭和54)年、京都府亀岡市生まれ。大学卒業後、愛知県で8年、塾の講師を勤め、その間にコーヒーのワークショップへの参加や自宅で手焙煎を始めてコーヒーの基礎を学ぶ。その後は京都に戻り、2011年、京都市右京区円町に「IWASHI COFFEE」をオープン。2015年に、島原のきんせ旅館に移転して、間借り営業で5年を経て、2020年に再度移転。町家を改装した現店舗をオープン。

喫茶店王国・愛知で出合ったコーヒーの楽しさ

古い長屋の一軒を改装。女性客を中心に幅広い世代が訪れる

風情ある町家もまだ多く残る、西陣の静かな住宅街でひときわ目を引く白壁の店構え。外側こそ新しく見えるが、引戸を開けると、土間の向こうには広々とした座敷と裏庭。紛うことなき町家の間取りがそのまま残されている。「店の半分は、元の建物の趣を活かしています。地元のお客さんが多くて、お子さん連れの方は重宝されていますね」とは、店主の真下さん。入口側の土間にはテーブル席が、座敷には大きな座卓と座布団。和洋折衷の空間が実にユニークだ。

2度の移転を経て、2020年に新天地をオープンしたばかりの真下さんが、コーヒーの道を歩み始めたのは、些細なきっかけからだった。「以前は塾講師として愛知県に住んでいたのですが、当時はコーヒーもあまり飲んでもいなかったし、あまり興味もなかったんです。ただ、いずれは飲食店をしたいなという思いがあって、でも、あれもこれもとやるのは難しい。思い至ったのが、気軽に始められそうなコーヒーでした」

店の奥半分は風情ある和の空間。襖を取った納戸は書棚として活用


新たな趣味を始めるかのように、何の気なしに始まったコーヒーとの関わり。それでも、独特の喫茶店文化が根付く愛知県の土地柄が、真下さんを引き込んでいったようだ。「愛知は喫茶店激戦区でもあり、店主さんも情熱ある人が多かった。特に自分が住んでいた三河地方は、より個性的な店が多く、店主さんのキャラクターもユニークで、店を巡るうちにコーヒーの面白さを感じました」。最初は店のワークショップなどで基本的なことを教わり、やがて自宅でも手焙煎をするようになるまで、そう時間はかからなかった。やり始めこそ苦心はしたが、それでも、「もっと、もっとという欲は出て、この時に気持ちがめげなかったことで、今があるのかもしれません」と振り返る。数ある店の中から、師匠と呼べる店主を見つけてからは、自分で手焙煎した豆を見てもらったり、店で淹れたコーヒーを飲んでもらったり、と探求心はどんどん深まり、すっかり夢中になっていた。

真下さんがイベントなどで知り合った、京都・伏見のHORNO、滋賀県大津市のSashaの焼き菓子も販売


開業への後押しをした、“最高の手網焙煎コーヒー”

焙煎後の豆は、しゃもじでかき混ぜながら冷却

その甲斐あってか、手焙煎を始めてから2年ほど経ったある日、これまでで最高においしいと思える豆を焼くことに成功する。「確か、マンデリンの浅煎りでした。しっかり豆の芯に火が入って、内側から出てくる甘さ、酸も柔らかく広がって、クリーンな印象がありました。また、砂糖とミルクを入れた時も、素晴らしい味でした。今に至っても、この時以上の味はない。ある意味、奇跡ですね」。豆の水分をしっかり飛ばせていたから、味わいに濃度があって砂糖の甘さにも負けていなかったと振り返る真下さん。実際のお客はブラックで飲むとは限らないため、今も、焙煎した豆を試飲をする時は、砂糖、ミルクを加えた状態でもチェックするという。

愛知で8年を過ごした後、地元の京都に戻り、再び塾の仕事に就くか、コーヒーを仕事にするかを悩んだ末に、開業へと歩を進めた真下さん。1年ほどの準備期間を経て、2011年、円町に「IWASHI COFFEE」をオープンした。3坪程度のフロアに、現在も使っている焙煎機を導入し、大きなテーブルを1台置いただけの小さなコーヒー店は、口コミで支持を広げ、卸の依頼も少しずつ増えていった。

店で購入できる豆はシングルオリジン4種だが、オンラインショップではブレンドも販売


ただ、本人は手放しで喜んでいたわけではなかった。「手焙煎で最高の味ができたことで手ごたえを感じて、これならいけるとオープンしたんですが、焙煎機を導入した影響もあり、納得できない部分が見えてきて。自分で納得してないものを出すのは心苦しいというのもあり、改めて焙煎を見直すためにも、豆の販売に集中しようと考えていました」。そんな折に、助け船を出してくれたのが、店の常連客でもあった、京都・島原の老舗きんせ旅館のオーナーだった。旅館のロビーの一部を使わせてもらえることになり、間借り営業の形で心機一転、2015年に移転を決めた。

真下さんが開店にあたって導入した焙煎機は直火式。愛知にいた頃に、おいしいと感じた店が使っていたのが決め手になった。「師匠からは“手網と同じ感覚”と言われましたが、温度やガス圧もきっちり測れるのが大きな違い。何より違うのは排気。手網と比べたら、煙がどうしてもこもってしまいますが、そこをうまく操れたらと意識しています。「きんせ旅館に5年ほどいた間に、焙煎にある程度の納得感は出ましたが、今もモヤモヤ感は残っています。でも、これは先々もずっと続くのかなと思っています。それも含めて、焙煎はやればやるほど面白い」という。

本日のコーヒー(400円)。Sashaのきび糖&全粒粉クッキー(450円)


直火焙煎ならではの、気持ちがほっとする味わいを求めて

「地元のお客さんが多いので、界隈の日常の味として親しんでもらいたい」と真下さん

近年は焙煎機もコンピュータ制御が主流になっているが、真下さんはあえてアナログの操作にこだわる。「焙煎時の温度や時間は、今も手書きで記録しています。パソコンをつないでデータを取ることも今なら可能ですが、焙煎機の様子を目で見ながら豆を焼きたいので。その方が職人っぽくて、かっこいいという思いもあるんですが(笑)」

数字だけに頼らず、自分の感覚を元に焼く豆の仕上がりを判断する時に、真下さんが重視するのは水分と匂いだ。焙煎後にしっかり水分が抜けているかどうかは、豆の重量を目安に。深煎りは77%、浅煎りは87%くらいが理想だという。それ以上に大事なのは、匂いの感じ方。「豆を挽いた時や、袋を開けた時にバッと香りが広がる時は、出来が今一つで、あまり香りが出てこない時の方がいい焼き方になっていると思います。個人的には、豆がストレスを感じてるから、香りを発散してしまうと考えていて、香りをしっかり内に秘めている状態をイメージしています」

挽いた豆は茶こしで受けて、微粉を落としてから抽出する


手塩にかけたコーヒーは、時季替わりで4種のシングルオリジンを提案。希少銘柄よりも、お客が求めやすい価格帯、普段使いのコーヒーを提供するのがモットーだ。定番のブラジルのほか、3種は週ごとに入れ替わり、アジア、アフリカ、中南米と産地をバランスよくそろえる。「焙煎によって豆のキャラクターを引き出し、ストレートに伝えられるのが、シングルオリジンの魅力」との言葉通り、中深煎りのブラジルは、口当たりにとろっと密度がありながら、みずみずしい甘さが余韻に。中煎りのエチオピアは、さらっとした飲み口で、爽やかな果実味と軽快な後味が印象的。豆の種類、焙煎度による、コーヒーの濃度や飲み応えのメリハリがくっきりと感じられて、豆が入れ替わるたびに新鮮な味わいを楽しめる。

何より、各々の豆の個性を出しながら、染み渡るような穏やかな味わいに心和む。「直火式の焙煎は、まさに“豆に火が入っている”感覚があって、自分が求めている、気持ちが落ち着く、ほっとするような味わいがある気がしています。これからも、直火ならではの飲み応えを感じるコーヒーを出していきたいですね」と真下さん。振り返れば、もし焙煎を始めた頃に“最高の味”が生まれていなかったら、心和むこの一杯は飲めなかったかもしれない。あの時、真下さんの背中を押した、コーヒーの神様に感謝したい。

店名のイワシは、村上春樹の小説に登場する猫の名前が由来


真下さんレコメンドのコーヒーショップは「SHIGA COFFEE」

次回、紹介するのは、京都市下京区の「SHIGA COFFEE」。
「共通のお客さんからおすすめされて、お店を訪ねて以来、店主の中谷さんとはお互いにお店を行き来している間柄。焙煎機も同じメーカーで、コーヒーの味わいも自分好みで近しいものを感じます。何より、いつもニコニコして、明るく迎えてくださる中谷さんご夫婦の人柄が大きな魅力。奥様お手製のスイーツとコーヒーの組み合わせは相性抜群です」(真下さん)

【IWASHI COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル1キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(カリタ)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/ あり(400円~)
●豆の販売/シングルオリジン4種、100グラム500円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治


※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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