コーヒーで旅する日本/関西編|束の間のコーヒブレイクを心地よく満たす、“あなたのための一杯”。「二条小屋」
関西ウォーカー
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
関西編の第28回は、京都市中京区のコーヒースタンド「二条小屋」。高校時代からコーヒー好きという店主の西来さんが、建築設計の仕事から転身し、開業するきっかけとなったのが、築70年を超える古い町家との出合い。駐車場の奥にひっそりと立つ店構えは、まさに市中の隠れ家の趣だ。一人ひとりのお客と向き合い、目の前で丁寧に抽出するコーヒーは、西来さんにとって束の間のくつろぎに寄り添うためのもの。コーヒースタンドでありながら、「店を出た後に飲んだことすら忘れてもらうのが理想」という西来さんが提案する、この店ならではの“コーヒーブレイク”の真意とは。
Profile|西来昭洋(にしき・あきひろ)
1981(昭和56)年、兵庫県加古川市生まれ。高校時代、神戸の炭火焙煎の元祖・萩原珈琲との出合いから、コーヒーの魅力に引き込まれ、飲み歩きや抽出の研究を始める。デザイン専門学校を卒業後、建築設計事務所に就職し、オフィスに併設する自社運営のカフェで約5年、店長を経験。その後、不動産会社に転身し、古い町家の物件との出合いを機に、コーヒー店の開業を決意。自ら建物のリノベートを手掛け、2015年に「二条小屋」をオープン。
コーヒーの醍醐味を初めて感じた炭火焙煎の味わい
世界遺産・二条城のお堀端からすぐ南。細い小路にある駐車場の、そのまた奥に垣間見える「二条小屋」の店構えは、知らなければ存在自体を見過ごしてしまうだろう。一見、時代に取り残されたような古い町家が、まさかコーヒースタンドだとは、よもや思うまじ。「通りがかりの人が入ってくることは、まずありませんね」と笑う店主の西来さんは、以前は建築の仕事に就いていたが、この建物に出合ってしまったことから自店を開業することに。京都に数ある町家改装型の店の中でも、稀有な一軒を造り出した西来さんが、この場所に巡り合うまでの物語は港町・神戸から始まった。
「家族で食事の後に喫茶店に寄ることが多く、子供の頃から、店の雰囲気に惹かれるものはありました」という西来さん。高校生になる頃には、家でもコーヒーを淹れるようになり、アルバイトで貯めたお金で喫茶店を巡るようになっていた。その中で、今に至る原点になったのが、創業90年を超える炭火焙煎の元祖・神戸の萩原珈琲だ。「17歳の時に、萩原珈琲の豆を使っている喫茶店で初めて飲んで、深煎りでしたが後味に嫌な感じが残らず、まだ苦味に耐性が少ない時期に、おいしいと思えたのが印象に残りました」と振り返る。
その後、大阪のインテリアデザインの専門学校に進学。2000年代前半の当時、世はカフェブーム真っ只中だった。「カフェやリビングで過ごす時間が好きで、店舗デザインも勉強しました。当時、人気のインテリアデザイナーが手掛けたカフェから、深煎り・ネルドリップの名店まで、新旧問わず訪ねていましたね」と、多彩な店を巡る中でカフェカルチャーを体感。卒業後、芦屋の建築設計事務所に入ってからもコーヒー熱は冷めることなく、方々の店を飲み歩いたり、独自に抽出の研究を重ねたり、さらにコーヒーへの関心は深まっていた。
古い町家に見出した、自分が何かをやるべき場所
そんな折、オフィスが神戸に移転したのを機に、喫茶店好きだった事務所社長が、オフィスに併設して自社運営のカフェ・いちくらを開業。ここで、コーヒー好きを見込まれて、西来さんが店長を務めることに。「この頃には、休日に手焙煎もしていました。ただ、カフェでコーヒーを提供するようになってからは、自分で試行錯誤するだけでなく、事務所近くにあったコーヒー専門店のマスターに、淹れ方を教えてもらったりしていました」。この頃はまだ、自分の店を持ちたいとは思っていなかったが、自らコーヒーを淹れて供する経験が、後に自分の店づくりにも生かされることになる。
さらに事務所が京都に移転してからも、カフェの営業は続き、述べ5年ほどマスター業を務めた西来さん。ただ、この時には自身に大きな心境の変化があった。「このままの生活ではなんだか面白くないと思い始めたんです。改めて今後を考え直した時に、大家さんっていいな、と思いついたんです。自分で改装した物件を賃貸する仕事は向いているかもと」
新たな道に進むために会社を辞し、2013年から不動産会社へ転身。その間、住んでいたマンションの立退きという不運に見舞われたが、このアクシデントが、思わぬ出会いをもたらした。「次の住まいとして、改築可能な物件を探していたついでに、事業用にも賃貸にも出せる物件も見ていたところ、1Kの家として出ていたのがこの建物。ほかにも条件に合う物件はたくさんありましたが、ここだけは人に貸すんじゃなくて、自分が改装して何かをやるべき場所だと直感したんです。それほど面白い存在感がありました」
とはいえ、築70年を超える建物を初めて見た時は、内部はボロボロ。到底人が住める状態ではなく、物置などに使うのがせいぜいという状態。それでも、迷わず物件を押さえ、1年後にリノベートに取り掛かった。「3カ月ほどかかって、ほぼ自分で改装をやり遂げました。畳をはがして、壁に窓を開け、水道を引いてと、かなりの重労働でした。実は改装を進めている間は、お好み焼き屋のようなスツールを置いたカウンターをイメージしていましたが、床下が腐っていたため、床を抜いて土間を打ったところ、天井が高くなったので。立ち飲みもいいなと思ったんです」。偶然の変更から、稀有なコーヒースタンドが誕生したのは、2015年のことだった。
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