コーヒーで旅する日本/四国編|たった一度の“会心の焙煎”が誘ったコーヒーの深淵。手間と時間が醸す深煎りの真価を求めて。「手焼珈琲RODAN」
東京ウォーカー(全国版)
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
四国編の第44回は、愛媛県伊予市の「手焼珈琲RODAN」。愛媛では数少ない、深煎り・ネルドリップを貫く老舗として、全国にファンを持つ一軒だ。店主の西口輝彦さんは、家業の貨物船運送業から転身し、独学でコーヒーの味作りに邁進。自ら設計した焙煎機に改良を重ね、深煎りならではの醍醐味を提案している。飽くなき探求心の原点は、土鍋で豆を焼き始めた時、たった一度だけできた会心の焙煎。以来、飽くなき探求心と試行の積み重ねで追い求めてきた、コーヒーの味作りの深奥とは。
Profile|西口輝彦(にしぐち・てるひこ)
1964年(昭和39年)、愛媛県生まれ。船舶の専門学校を卒業後、家業の貨物船運送業を担うも、6年ほどで下船。焼肉店・炉談を開店し、2年後に併設して喫茶店「RODAN」をオープンしたのを機に、自家焙煎に着手。札幌の自家焙煎コーヒー店・るびあ店主・従二さんに師事し、自作の焙煎機も開発し、豆の販売専門店にシフト。インターネットによる通信販売を始め、神戸の人気テキスタイル店のノベルティに採用されたことで全国に知られる存在に。2017年、松山に姉妹店、「rodan caffe 柳井町店」を開店し、喫茶を再開。2025年から、旅するコーヒーと銘打った出張喫茶もスタート。
偶然の成功が導いた奥深き焙煎の世界
伊予市内の住宅街にあって、真っ白なスレート張りの店構えが目を引く「手焼珈琲RODAN」。一見、さわやかな店の雰囲気とは裏腹に、焙煎室に入るとイメージが一転する。壁は燻されたように茶色く染まり、いかにも武骨な焙煎機の周辺には、黒く煤(すす)けた跡が幾重にも。室内に染みついた痕跡が、店主の西口さんが、炎と熱に対峙してきた時の長さを物語る。「焙煎した後は、部屋に煙が充満して、手元も見えないほどになりますよ(笑)」。そう話す穏やかな表情からは、過酷な作業を想像させないが、ここにいたるまで紆余曲折の道のりをたどってきた。
まずもって、もともとは船乗りだったという経歴に驚かされる。「父が貨物船運送業の親方を務めていて、家業を継ぐために船舶の専門学校も出て、国内のあちこちの港を行き来していました。ただ、小さいころから船乗りは向いてないと思っていて、特に荒れる外海は怖かったですね」と振り返る。数年後には船を降り、代わって始めたのは、全く畑違いの焼肉店。「父の強引な勧めで半ば自棄気味に始めたのが、“炉談”という店。実は今の屋号は、この時に付けたものなんです」。飲食の仕事は未経験ながら、2年ほどで何とか軌道に乗り出したころ、父への反発心もあり、店に併設して喫茶店「RODAN」を開業。船乗り時代、寄港した先々でコーヒー店を巡っていた西口さんは、「この界隈にはコーヒー専門店がなかったから、自分で作ればいいのではと思ったんです」。ほんの軽い思いつきが、コーヒーという大海へと漕ぎ出す転機となった。
当時からコーヒーは好きだったが、仕事としては全く無知の状態。「おいしいコーヒーって何?というところからスタートして、焙煎のことを知って、要は豆を煎ればいいのかと簡単に考えてしまって(笑)。豆を焙烙(ほうろく)で煎っているのを本で見て、同じ陶器ならできると思って、土鍋で焙煎を始めたんです」。以来、焙煎にのめり込んで何百回と焼いては失敗を繰り返すなかで、ある時、理想と言える深煎りの焙煎に成功する。「たまたま、すごいうまく焼けたその豆は、苦味がほぼなく、甘味だけが際立っていて、お客さんの感覚を変えるんじゃないかと思ったほどでした。たった一度の会心の出来を体験したことが、この後の運命を変えましたね」。ただ、それ以降、同じ味を再現したことは、ついぞなかったという。
悩める焙煎に光明をもたらした師匠との出会い
それでも西口さんは、焙煎の器具も土鍋から手網、さらに手回し焙煎機に変えて、あらゆる試行錯誤を重ねるも味作りは難航。限界を感じ始めた時に目に留まったのが、札幌の自家焙煎コーヒー店・るびあを紹介する雑誌記事だった。「店主の従二(じゅうに)さんが、かつて豆を手焼きしていたと知って、直接電話しました。この人なら、自分の悩みをわかってくれるかなと。“手焼きで旨いコーヒーはできますか”と聞いてみると、“大型の焙煎機よりうまくできる”と言われて、それを励みにまた豆を焼き続けました」
しかも、そのやり取りから3カ月後に、従二さんが愛媛に移住するとの知らせを受ける。「奥様の療養のため、暖かい土地を求めておられて、僕が電話したのをきっかけに四国のことを思い出してくれたんです」と西口さん。以来、毎日のように来店する従二さんに、コーヒーの評価を請うばかりでなく、焙煎機の改良も相談し、機体の制作にも力を貸してもらった。現在使っている自作のオリジナル焙煎機の原型は、この時の従二さんの助言によって実現したもの。このころから、西口さんのコーヒーも、お客からの支持が増え始めたという。それから4年後に、従二さんは惜しくも急逝。「いつも店に来ては、〇△×でコーヒーを判定してくれて。ようやく〇が出だしたころでした」と、亡き師匠を偲ぶ気持ちはひとしおだ。
開店当初、「RODAN」は喫茶メインだったが、数年後にはよりコーヒーに集中しようと豆の販売一本に舵を切ることに。ただ、このころは最も苦しい時代だったという。「一時は生計が立たないくらい、しんどい時期でした。当時は家で飲む人も少なくて、週に数百グラムしか売れない時もありました。飛び込み営業したり、値下げしたりいろいろしましたが、時々、遠方から電話注文があったので、それなら通販をしようと考えたんです」。とはいえ、インターネットなどはもちろんなく、まだパソコン通信と呼ばれていた時代。ネット上の掲示板にゲリラ的に宣伝を書き込み、後に自力でホームページも立ち上げた。この時、幸運にも、神戸の人気テキスタイルショップ・CHECK&STRIPEのノベルティに採用されたことで、「RODAN」の名は全国に広がった。聞けば、CHECK&STRIPEのWeb掲示板で、お客がたまたま「RODAN」のコーヒーのことを話題にしたのがきっかけだった。
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