コーヒーで旅する日本/九州編|もっと知りたい、見てみたい。子供のような興味で歩んできた「珈琲美美」の46年
九州ウォーカー
マスターとはまた違う空気感で

2016年12月、ネルドリップ普及セミナーの帰途、韓国の仁川国際空港にて倒れ、急逝したマスターの森光宗男氏。妻の充子さんは「そのときは、とにかく店は続けなきゃ、という思いしかなかったですね。日々通ってくださる常連さんはもちろん、遠くからわざわざ足を運んでくださるお客様がいらっしゃるのに店を閉めておくわけにはいきませんでしたから」と、その時のことを振り返る。

現在、店主として店に立つ充子さんは焙煎から抽出、接客まですべてをこなすが、2人の娘さんをはじめスタッフたちに助けてもらいながら店を切り盛りしている。マスターが店に立っていた頃と立地も店のしつらえもまったく変わっていないが、以前よりもどこか柔らかさをまとっているように感じた。

マスターが醸し出す凛とした雰囲気こそ「『珈琲美美』ならではの魅力」と思っていたが、充子さんがカウンターでコーヒーを淹れている景色はどこか優しく、不思議とホッとする。淹れてもらったコーヒーは「珈琲美美」らしい奥深く、妖艶な味わいであることは変わらないが、充子さんだからこそ出せる素朴な優しさが今の「珈琲美美」にはあるのだろう。
「滴一滴」という言葉が表すもの

充子さんは「お店を開いたときから、扱う生豆や焙煎のやり方がちょっと変わったりといったことはありましたが、基本的には大きな変化はないと思います」と話す。46年の店の歴史のなかで、大きく変わったことと言えば、2009年に現在、店がある赤坂けやき通りに移転したことぐらいか。

今泉にあった店は「扉を開けるのに勇気がいるたたずまい」「店に入ると陽の光が差さず、穴蔵のような空間だった」と噂にはよく聞いていた。ただ今の店は歩道からも中の様子がなんとなくわかり、2階の喫茶スペースに上がると窓の外に木々の緑が見え、とても気持ちがいい。充子さんにこの環境の変化について尋ねると、「もともとマスターは周りが緑に囲まれている、現在店があるような環境で店をやりたかったと言っていました。今泉時代の店の穴蔵のような雰囲気も独特でよかったですが、私もやっぱりここの方が好きですかね」と笑う。


ただ、移転前後で変わらないのは、訪れる人々はグループだったとしても不思議と言葉数は減り、少し会話をしたとしても自然と声のトーンが下がること。コーヒーを片手におしゃべりを楽しむというカフェのような空間ではなく、コーヒーを飲むことを目的に訪れる場所であるということだ。それはマスターが開業当初から目指した店のスタイルで、充子さんが店を切り盛りする今も変わらない。“店側からそうしてほしい”というより、“その雰囲気を楽しみにしている人たちのために”、自然と「珈琲美美」における暗黙のルールのようなものが確立されたのだろう。

福岡を訪れたら、わざわざ足を運びたい自家焙煎コーヒー店となり、今も変わらないスタイルで静かに営みを続ける「珈琲美美」。カウンターの壁に「滴一滴」と刻まれた古い木の板が飾られている。充子さんに尋ねると「これはマスターが好きだった言葉で、書家の故・前崎鼎之さんに書いてもらった文字です」と教えてくれた。


「滴一滴」。一見するとネルドリップの心得なのだろうが、その裏側にはマスターや充子さんの人生観、コーヒーを通じて伝えたいものが込められているように感じた。

森光さんレコメンドのコーヒーショップは「ぶんカフェ」
「昔からお付き合いのある吉留さんが営む『ぶんカフェ』。吉留さんはもともと福岡の老舗喫茶店に長く勤められていた方で、一緒にイエメンに行ったこともあります。以前は博多駅南で店をされていましたが、今は警固のアパートの一室に移転されています。隠れ家的な雰囲気がいいです」(森光さん)
【珈琲美美のコーヒーデータ】
●焙煎機/富士珈機 半直火・半熱風式5キロ
●抽出/ネルドリップ
●焙煎度合い/中深煎り〜深煎り
●テイクアウト/なし
●豆の販売/100グラム850円〜
取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)
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