コーヒーで旅する日本/四国編|コーヒー界のレジェンドの薫陶を胸に一意専心。四万十川源流点の町で清らかな一杯を。「コーヒー7不思議」
東京ウォーカー(全国版)
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
四国編の第20回は、高知県中西部の山間の町・津野町の「コーヒー7不思議」。そびえ立つ山懐に抱かれた小さな店は、地元でも知る人ぞ知る孤高の一軒だ。店主の山本さんは、コーノ式で知られる東京のコーヒー器具メーカー・珈琲サイフオン株式会社にて、2代目である故・河野敏夫会長の“最後の弟子”として焙煎の責任者も務めた経験の持ち主。紆余曲折を経て縁を得た高知の山奥で、今も一途にコーヒーの探求に邁進する。コーヒー界のレジェンドから受けた薫陶を胸に、長年磨き続けた曇りなき清らかな味わいは、わざわざ山を越えてでも訪れる価値がある一杯だ。
Profile|山本歩 (やまもと・あゆむ)
1971年(昭和46年)、東京都生まれ。インテリア会社で勤務の傍ら、2004年ごろに珈琲サイフオン株式会社が主催するコーノ式珈琲塾に入塾。2年後に社員として入社し、器具の組み立ての部署を経て、当時の会長の故・河野敏夫さんの最後の弟子として薫陶を受け、焙煎の責任者を務める。珈琲塾の講師やブラジル農園研修など、コーヒーの生産から流通、加工まで実地で体感。2011年、東京で東日本大震災を経験し、その後、独立の場を求め、高知県津野町へ移住。地域おこし協力隊として活動しながら、2013年に「コーヒー7不思議」をオープン。
コーヒー界のレジェンド最後の弟子
「店の北側あたりが四万十川の源流点のある山。ここは、その山と、蛇行の多い四万十川本流が、奇跡的に一直線に見られる珍しい場所なんですよ」。そう言って、店先で山本さんが指すのは、最後の清流というキャッチコピーで有名になった、四万十川の最初の一滴が発する不入(いらず)山だ。「コーヒー7不思議」があるのは、高知市街から車で1時間ほどの山を分け入った先。人家もまばらな山懐に、珈琲専門店があろうとはよもや思うまじ。生まれも育ちも東京という山本さんが、森閑とした山里にやってきたのは2011年。東日本大震災の発生が、この場所との縁の始まりにあった。
以前はレストランの料理人を経て、インテリア会社に勤めながら独立の夢を追っていた山本さん。レストラン勤務時代に始めた手網焙煎がきっかけでコーヒーに興味を持ち、2025年に創業100周年を迎えるコーヒー器具メーカーの老舗・珈琲サイフオン株式会社が主催するコーノ式珈琲塾に入塾。コーヒーの世界の特異な雰囲気に触れ、さらなる深みへと誘われた。「珈琲塾に通う人たちを見ていると、飲食業出身の人が意外に少なくて、むしろ異業種から来る人の方が多いくらい。だからこそ、コーヒー業界はおもしろいなと。自分も全く違う分野から来たけれど、ここでは至って普通のこと、そこに居心地のよさを感じました」と振り返る。
以来、コーヒー一筋で、珈琲塾卒業後も仕事の傍ら塾を手伝い、やがて河野雅信社長に誘われ社員として入社。当初は器具の組み立てなどに携わったが、後に故・河野敏夫会長から最後の弟子として直々に薫陶を受け、会長の仕事を引き継ぎ焙煎の責任者を務めるまでになっていた。それからは、珈琲塾の講師として国内外でコーノ式の焙煎・抽出を指導し、2010年にはブラジルでの農園研修も経験。コーヒー生豆の生産・流通の現場もつぶさに体感してきた。
ただ、いよいよ独立を考え出した2011年に、東日本大震災に遭遇。当時は富士五湖の近辺での開業を考えて、下見を兼ねた旅行を繰り返していたが、関東近郊での開業を断念することに。「ずっと街の生活しか知らないから、田舎への憧れがあったのと、子どものころから釣りが好きだったので、四国か北海道への移住を考えました。広大なブラジルに滞在した経験もあるから、国内なら距離はどこもそれほど変わらない感覚でした」と、その年に地域おこし協力隊として高知県高岡郡津野町に移住。コーヒーで町おこしをするという思いを秘め、居を構えたのがこの場所だった。任期中の2年半、隊員として活動する傍ら、自宅の車庫をコツコツとセルフビルドで改装。2013年10月1日、“コーヒーの日”に、新天地でのスタートを切った。
味の厚みと透明感がコーノ式抽出の真骨頂
豆の販売をベースに、テイスティングも兼ねた喫茶スペースを備えた店には、故・河野敏夫会長から譲り受けた形見の品も使われている。喫茶用のテーブルには、故・河野敏夫会長が器具のアイデアを練っていた自宅の机の天板を譲り受けたものを使用。よく見れば、工作機械で空けた穴や煙草の焦げ跡などが残り、数々の思案の現場を偲ばせる。さらに、店の奥に鎮座する直火式焙煎機も、会長が愛用した機械。
「これは、コーヒー業界の宝みたいなもの。珈琲サイフオン株式会社時代には、出入りの焙煎機業者に修理や組み立てを手伝いながら学ばせていただいたから、社長や後輩たちにバラバラに分解しておいてもらったものを、高知でできた仲間とトラックで引き取りに向かい積み込み、高知県の自宅に運んで組み立てました。山奥でおいそれとは修理に来てくれないので、自分でメンテナンスできることが絶対条件でした」と山本さん。高知の山中に、コーヒー界のレジェンドの遺志が受け継がれていると言っても過言ではない。ここでは豆の販売が主体ゆえ家庭でコーヒーを楽しむことを前提とし、喫茶利用の場合は未就学児やコーヒーを飲まない来店客は入店不可として、よりコーヒーと向き合う時間作りに腐心している。
もちろん、引き継いだのは道具ばかりではない。焙煎度の異なる3種のブレンド、シングルオリジンの豆は、豆の色による焙煎度の基準・L値(国際照明委員会が定めたLabという規格ののうち、明るさを表す”L”の値を基準にコーヒーの焙煎度合いを数値化したもの)を精確に煎り分け。「卸の会社にいたので、焙煎度についてはきっちり把握してないといけないから」という細やかな仕事ぶりは、当時から変わることはない。
コーノ式フィルターによる抽出も、また然り。コーノ式では、はじめに点滴で湯を注ぐ過程に注目されがちだが、ポイントはそれだけではない。「そもそもハンドドリップの抽出では、一気に純良成分をすべて引き出すことはできないので、最初に豆の純良成分を十分に引き出し、それを骨格とします。段階的に注湯を続け、アクのない、やや薄い抽出液で希釈することで適度な濃度と口当たりになります。その過程は、まるで色のついた薄いセロハンを重ねていくように少しずつ、味に厚みと調和を出すのが真骨頂。だからこそ、アクや雑味のない純良成分が一番大事で、豆の持つ成分をすべて抽出するわけではないのです」。加えて、この辺りの水は超軟水で抽出効率が高いため、湯温はやや低めに設定。豆が柔らかい極深煎りは約82度、硬い浅煎りは約95度と、豆の違いによっても温度を変える。
また、コーヒーの提供は2杯分が基本。「2杯分抽出しておいしく出せる器具として考えてあるから、そのポテンシャルをいかすためには2杯分がベスト」というのも、器具メーカーにいた山本さんらしい。ただ逆に言えば、2杯飲んでも飽きないクオリティがあるからできることともいえる。論より証拠、緻密な仕事の賜物は、飲んでみれば瞭然。中煎りの四万十川源流点ブレンドはふっくらとした味の厚みと清涼な後味。極深煎りのローズブレンドはチョコそのもののような芳醇な甘味とまろやかな香味。浅煎りのメキシコは鮮やかな柑橘の風味がじわっと広がり、柔らかな酸味がするりと消える。滑らかな口当たりと共に広がる、濃密なコクと澄み切った余韻は、まさに清流を思わせる味わいだ。コーヒーは必ず炭酸水を添えて提供。「コーヒーを飲み終わったあとで、水を飲むとスッと風味が消えるのがいいコーヒーの基準」という。
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