古田新太の狂気が松坂桃李を追い詰める「撮影はだいぶしんどかったと思う」
東京ウォーカー(全国版)
2016年に公開され話題となった『ヒメアノ~ル』の吉田恵輔監督が、主演に古田新太を迎えてオリジナル脚本に挑んだ映画『空白』。本作で一人娘を突然失くし、やり場のない感情から周囲に牙を剥いて孤立していく父親を演じた古田が、役柄や撮影エピソード、さらにコロナ禍で行けなくなってしまった飲み屋への思いなどを語ってくれた。
壮絶なシーンが多い本作の現場は「さわやかで楽しい雰囲気だった」
――本作で古田さんが演じられた添田充は、万引きを疑われた一人娘が事故で亡くなったことで、娘を疑ったスーパーの店長を追い詰めていきます。その姿が怖くもあり、娘に対する思いも感じられて辛かったのですが、古田さんは添田をどういう人物だと思われましたか。
【古田新太】仕事に対してすごく真面目で、自分の信念を持っている人だと思います。でも、真面目で堅物すぎたからこそ奥さんに逃げられたのかもしれない。藤原季節演じる野木以外の漁師とはあまり付き合いがなく、その割には家に賞状がたくさん飾ってあるから、漁協からは信頼されていたんじゃないですか。ただ、オイラみたいにずっとふざけている人間から見たら少し変わってるというか、添田みたいな真面目な生き方は相当しんどいだろうなと思いました。
――娘の花音に対してもうまく愛情表現ができてないというか、大事には思っていてもあまり理解しようとはしていなかったですよね。
【古田新太】花音がモゴモゴしていると「はっきりしゃべれ!」みたいな感じで怒る父親ですから。ああいうのはキツいと思います。でも、父親って普通そんなもんじゃないですか?オイラ、娘が小学生の頃に「お前、しゃべるんだったら嘘ついてでもいいからおもしろい話をしろ」と言ったことがあって、それである日、夕食を一緒に食べながら「そういえば今日遠足だったろ?なんかなかったのか?」と聞いたら娘が「お父さんが喜ぶような話はさほど…」って言ったんですよ(笑)。添田とはちょっと違いますが、父と娘の距離感としてはこんなもんなんじゃないかなと思います。
――今回、吉田恵輔監督とは初タッグとなりますが、吉田組の現場はいかがでしたか。
【古田新太】本作にはシリアスで壮絶なシーンがたくさんありますが、現場はさわやかで楽しい雰囲気だったこともあって、すごくやりやすかったです。おもしろかったのが、松坂桃李演じるスーパーの店長の青柳と添田の壮絶なシーンを撮ったあとに、監督が「エキストラの皆さんに古田さんからご挨拶があります」と無茶振りされたんです。
だから「今日はどうもありがとうございました。皆さんのおかげで良いシーンが撮れたと思いますので完成を楽しみにしていてください。記念品もあるみたいですよ」って挨拶したけど、そんな現場ある?と思って(笑)。
――そんなエピソードが!(笑)。松坂さんとは緊迫したシーンの撮影が多かったと思いますが、現場では和気あいあいとお話しされていたのでしょうか。
【古田新太】桃李はすごく真面目で、役に集中している感じはありました。というのも、本作には飲み仲間の寺島しのぶちゃんや片岡礼子ちゃん、田畑智子ちゃんが出演しているんですけど、それこそ緊迫したシーンがそれぞれあって、だけどカットがかかった瞬間にみんな「今日は焼き鳥屋に行こう!」みたいなノリだったんです(笑)。まだコロナ禍になる前でしたから。
だけど桃李だけは誘っても「すみません、僕は部屋に帰ります」と言って来なかったので、気持ちを保ちたかったのかもしれない。青柳は添田にとことん追い詰められる役でしたし、だいぶしんどかったんだと思います。
――本作のプレスには「迫り来る古田新太の狂気、逃げられない松坂桃李」と書いてありますしね(笑)。
【古田新太】確かに(笑)。でも、最初に台本を読んだ時は“うわ、地味…”と思ったんですよ。だからなんでオイラに添田役のオファーがきたのかわからなくて。予告編を観るとオイラがモンスターで桃李がいじめられっ子みたいになってますけど、現場は割とのほほんとしてましたから、そのギャップがすごいなと自分の中では思っていました。
監督の中でちゃんとしたビジョンがあれば「俳優が余計な工夫をする必要はない」
――古田さんは現場で気持ちの切り替えはどのようにされているのでしょうか。
【古田新太】よくインタビューで同じようなことを聞かれるんだけど、オイラは役作りもしないし、役に入り込むって一体どういうことなのかよくわからないんです。たまに「役が抜けない」って言う俳優もいますけど、そういう人は二重人格の役がきたらどうするんだろうと思う。
「よーいスタート!」と監督が言ったらテンションを上げて芝居して、カットかかったらテンションを抜くというので俳優の仕事は成り立っているから、カメラが回っている間だけ監督の求めることをしっかりやっていればいいんじゃないかなと、そんな風に思っています。
――吉田監督とは結構お話しされたのでしょうか。
【古田新太】監督とは撮影期間中によくふたりで飲みに行ってました。でも芝居の話や作品についての話じゃなくて、くだらない話や人の悪口ばかりでした(笑)。監督の中でちゃんとしたビジョンや“これさえ撮っておけばこう繋がる”といった考えがあれば、俳優が余計な工夫をする必要はないと思っていて、さっき「この現場はやりやすかった」と言ったのはそういうことなんです。
たまに「この芝居とこの芝居、どっちがいいですか?」と監督に相談する俳優がいるけど、監督から言われたことをちゃんとやればいいだけなんで。「○○さんの気持ち待ちです」なんてことを言われる現場もあるんだけど、“お前の気持ちなんかどうでもいいよ!泣けと言われたら泣けばいいんだ”と思ってます(笑)。そういう俳優が今回はひとりもいなかったのが良かったですね。
――今回、自分でも予想外のお芝居をしたと思うようなシーンはありましたか?
【古田新太】添田が花音の遺体を見るシーンは、変な話、芝居のテンションがものすごく上がってしまったのを覚えています。霊安室でもなんでもない学校の体育倉庫みたいなところで撮ったんですけど、“このぐらいのテンションでやろう”と思っていた自分の予想の範囲を超えていました。添田が号泣するシーンだったというのもあるかもしれないですけど、なんとも言えない感情の高ぶり方でしたね。
ただ、そういうテンションの中で芝居していたにも関わらず、自分の気持ちを突き動かしていたのは“早く帰りたい”でした(笑)。とにかく監督の言うことを聞けば早く帰れるっていうのが一番のモチベーションですから。それもあって監督の言うことを素直に聞かない俳優が苦手なんです(笑)。
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